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池袋中国語コラム 司馬遷が記した「史記」

こんにちわ、今日は少し中国の歴史に触れてみたいと思います。中国の古代の歴史書に「史記」という世界的にも有名な本があります。教科書にも載っているので聞いたことがあるのではないでしょうか?その「史記」を書いた司馬遷という人のお話です。

司马迁写《史记》

司马迁生活在西汉时代。他的父亲司马谈是一位历史学家,在朝中当太史令。司马谈希望儿子能继承自己的事业,所以从小就对司马迁教育很严,让他读了很多古书。从二十岁起,司马迁开始到全国各地游历,他还拜访了孔子、孟子的故乡,参观了孔子和孟子的当年讲学的地方。;这是他开阔了眼界,也增长了知识,为后来写下《史记》打下了坚实的基础。司马迁三十六岁那年,父亲因病去世。他父亲一生最大的心愿就是写一部历史书,记述朝代兴亡,明君贤相和忠臣义士的事迹,但是他没有能完成。临死前,他拉着司马迁的手,嘱咐他一定要继承自己的事业,把史书写完。司马迁被父亲感动了,连连点头,接受了嘱托。后来,司马迁也做了太史令。正当他努力工作的时候,遇到了一件不幸的事。他因为替李陵辩解而触怒了汉武帝,被处以刑罚,蒙受了莫大的耻辱。司马迁几次想自杀,但是一想到父亲的嘱托,就不甘心死去。于是,他决心忍辱活下去,一定要把史书写完。经过多年的努力,终于在他五十三岁那年,完成了这部伟大的历史著作《史记》。

司马迁

 司馬遷が記した「史記」

司馬遷は西漢時代の人だった。彼の父は司馬談といい歴史学家で、当時の漢朝で太史令だった。司馬談は息子に自分の事業を継承してほしく、そのため幼いころから司馬遷に厳しく教育をし、彼に多くの古書を読ませた。二十歳の時に司馬遷は全国各地の遊歴を始め、彼はまだ孔子と孟子の故郷を訪れたことがなかったので、当時孔子と孟子が学んだところを見物した。このことは彼の視野を広め、知識を増やし、その後「史記」を書き記すための堅固な基礎となった。司馬遷が三十六歳の時に父親が亡くなった。彼の父の最大の念願は歴史書を書きあげ、王朝の興亡、明君賢相と忠臣義士の事績を記すことだったが、まだ完成していなかった。亡くなる直前、彼は司馬遷の手を押し抱き、必ず自分の事業を継承し、史書を完成させるよう託した。司馬遷は父の思いに感動し、コクコクトとうなずき、父の委託を受けた。その後、司馬遷も太史令となり、懸命に職に励んでいたその時、ある不幸な事件に遭遇した。彼は李陵に替り弁明したことで漢の武帝の怒りに触れ、刑罰に処され、莫大な恥辱を受けた。司馬遷は何度も自殺したいと思ったが、父の委託を思い出し、死ぬことを思いとどまった。そして、彼は恥辱に耐え、必ず史書を完成させると決心した。長年の努力の末、とうとう彼は五十三歳のその年、偉大な歴史著作「史記」を完成させたのだった。