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Category Archives: 池袋校中国語コラム

池袋中国語コラム 中国新一線都市紹介~西安~

 

“池袋中国語コラム”とは・・・

中国語学習者のための”池袋発”中国語学習に役立つコラムです。中国に関することだけでなく様々な話題を中国語を交えて紹介していきます。このカテゴリーでは、中国赴任や出張などビジネス向けの方にお勧めの情報・ノウハウを提供しています。

【千年の古都:西安】

悠久の歴史がある場所、それが古都西安です。その昔長安と呼ばれ、世界四大文明古都の一つでもあります。現在は陜西省の省都、人口約1,020.4万人、面積10,752km2、西北地方最大の都市で、この地方の政治・経済・産業・文化の中心地です。
中国大陸のほぼ中央に位置し、中国の歴史上で最も重要な時代に13王朝の都として栄えました。西安の歴史は、紀元前11世紀に遡り、西周がここを都と定めて以来、秦・漢・隋・唐などの都として栄え、また、シルクロードの起点として、三蔵法師が旅を始めた場所としても有名です。
ここ西安は中国の歴史・文化の名所として今でも多くの文化遺産があり、中でも秦の始皇帝陵、兵馬俑坑、楊貴妃の華清池などが特に有名です。現在も市の中心部は明代に築かれた城壁に囲まれ、工業を始め、あらゆる産業と流通の中心都市として、活気にあふれ、国内外からたくさんの観光客が訪れます。

 

~観光~

回民街(huí mín jiē)

西安に行ってソウルフードを楽しみたいなら、回民街は外せません。
言うなれば、ここは “美食街” 、無数の路面店が立ち並びます。
“美食の都”と呼ばれる西安、ここにさえ行けば、西安の伝統的な食べ物の数々を堪能できます。
場所もとても便利です。西安の中心地、鼓楼の裏側に位置しているので、「鼓楼」とセットで行くのもいいでしょう。
初めて回民街を訪れると、その目に飛び込んでくる数々の光景がとても衝撃でしょう。店先に皮をはがれたばかりの羊が、丸ごと吊るされたりしています。カピカピに乾燥しきったグロテスクな臓物が、座布団のように店先に積まれてお出迎えしてくれます。これら日本ではお目にかかれない光景を、刺激的な匂いと一緒に楽しめます。
ここで食べたい!と観光客だけでなく、地元の人も食べに来るので味は確かです。何を隠そう食べることが大好きな美食家の中国人なども、わざわざ足を運んでいます。

西安の名物としておすすめは“羊肉泡馍(yáng ròu pào mó)”です。食べるまでの過程も楽しめます。注文すると、まず小麦粉を練って焼いた“馍(mó)”を渡されます。自分でちぎって、それを店員さんに渡します。しばらくすると、牛肉や羊肉のスープの中に自分でちぎった先ほどの“馍(mó)”、春雨、豆腐(これ日本の豆腐ちょっと違って味にくせがあります)、ネギ、ホロホロのお肉が入った煮込みラーメンならぬ煮込み“馍(mó)”が届きます。好みでパクチーを入れますが、入れすぎるとパクチーの味しかしなくなるので要注意です!このスープが本当に美味しいです。
代表的な“羊肉泡馍(yáng ròu pào mó)”以外にも、“羊肉串(yáng ròu chuàn)”焼き鳥の羊肉版・“柿子饼(shì zǐ bǐng)”干し柿を加工して揚げたもので、バラの味など色々な味を楽しんでみるのも良いでしょう。
そして回民街はお土産スポットでもあります。種類もたくさんで、お土産を探す時に非常に便利です。着るもの、食べるもの何でもあります。そしてなにより安いです。お土産を買うならぜひ回民街がおすすめです。
中国文化とイスラム文化の織り交ざった、見て楽しい、食べて美味しい回民街。
昔ながらの風情を感じながら石畳で食べ歩きができます

 

 

钟楼 (zhōng lóu)

ここはまさに“西安の交差点”、ここから碁盤の目をした西安の街が東西南北へと広がります。
大きさは、高さ36メートル、縦横それぞれ35.5メートル、ほぼ正方形の形をしています。鐘楼としては、中国で最大かつ最も保存の良い状態が保たれています。
地下鉄2号線 “钟楼(zhōng lóu)” 駅で下車、地上に出ることなく直接この“钟楼(zhōng lóu)”に登ることができます。
もちろん登って、上から東西南北に広がる西安の街を眺めてみるのもいいでしょう。もうひとつおすすめなのが、地下街ともいえる钟楼の下側部分です。地下鉄の出口を出ると、円形をした、“钟楼(zhōng lóu)地下ストリート”が広がります。この地下街、出口がたくさんあって、それぞれ東西南北に広がる街に出られるのですが、もうこれが迷路です。お目当ての地上の方向に出たいと思って地図をみても、あれ?ここはどこ?となります。钟楼マジックです。
季節が良ければ“钟楼(zhōng lóu)”を飾る色とりどりのお花もとても綺麗で、インスタ映え間違いなしです。夜は夜で、ライトアップがとても美しいです。この“钟楼(zhōng lóu)”のライトアップは、ギラギラしていなくて品があり、一見の価値ありです。
ちなみに、“钟楼(zhōng lóu)”と “鼓楼(gŭ lóu)”の間に広場があるのですが、ここのスターバックスもお勧めです。1階建てで、独特な形をしていて、“钟楼(zhōng lóu)”を眺めながら、古代と現代の融合とも言える不思議な気分を楽しめます。ご当地限定西安マグカップをお土産に買うのもいいですね!スターバックスはちょっと高いという方がいらしたら、ご心配なく。スターバックスをもう少し西に進んだところに、庶民の味方マクドナルドもあります。ここはとても広いので席が見当たらないということもないと思います。ちょっと観光に疲れたら、日本と変わらない味で心も身体もひと休憩するのもいいですね。

  

 

兵馬俑 (bīng mǎ yǒng)

シルクロードの東の出発点が西安です。ここに2000年以上の眠っていた世界遺産があります。それが「兵馬俑」です!
日本でも漫画「キングダム」が大ヒットしましたが、その中国史上初の全国統一を果たした秦の始皇帝が建てた陵墓です。面積2万メートル余り、3つの俑坑に戦車100台・陶馬600体・武士俑は8,000体近くあります。この俑すべてが東を向いています。理由は、秦の敵国が存在した方向を向いて置かれたからです。1号俑坑に入ってすぐ目に入る、この2,000体もの兵馬俑との正面からの対面は、衝撃となるでしょう。驚いたことにこの兵馬俑、それぞれ違う顔形、表情をしています。自分の知り合いに似ている人の顔が見つかると言われています。
「兵馬俑」には合計3つの俑坑と博物館(当時の衣服や武器・馬具・陶器など目を見張る貴重な文献がたくさん展示されています)がありますので、急がずゆっくり世界遺産を堪能することをおすすめします。ここで重要になるのがガイドさんです。このガイド付有り無しでは満足感が雲泥の差となります。ガイド付無しの見学は、まるで高級うなぎ重を食べに行って、うなぎを食べずにたれ付きご飯だけ食べて帰ってきたようなものです。ガイド料をけちることは絶対おすすめしません。この民間ガイドさんはとても親切で、入場チケット購入も助けてくれます。でもきっと気になるのが、ガイドさんの日本語力かもしれません。これも、コツがあります!何人かとお喋りをしてみて、日本語の上手な人を選べばいいのです。この民間ガイドさんたちは兵馬俑の入り口に多くいて、向こうから「日本人、日本人の方ですか~?」と声をかけてくれます。そして売り込みがスタートします。気軽に彼女たちと話してみてください。何人かと会話してみて、日本語が上手、かつ感じの良い方を選んでお願いしましょう。そうすれば安心、世界遺産兵馬俑を余すところなく満喫でき、始皇帝気分を味わえます。


多くの時間を費やす見学となると、心配なのが食事です。でも大丈夫です、この入口・出口ともに食事処がたくさんあります。ちなみに西安は“麺”、中国語では“面(miàn)”と描きますが、麺が主流です。ぜひとも味わって欲しいのが、“ビャンビャン麺”です。これさすがにパソコンには出てこない57画数の漢字、文字もさることながら、味も見た目もインパクト大です。麺の幅も日本ではお目にかかれないほど“宽(kuān)”広いです。生地もモチモチしてとても美味しいです。ぜひ「兵馬俑」とセットでお楽しみください!

 

大雁塔 (dà yàn tǎ)

日本でも有名な「西遊記」三蔵法師とゆかりが深いのが、この「大雁塔」です。唐の第三代皇帝の高宗が652年に、三蔵法師がインドから持ち帰った経典と仏舎利(釈迦の遺骨)を入れるために建てた塔です。塔は7階建てで、高さは64.5メートルあります。周りは広場になっているので高い建物もなく、大通りから正面にドーンと建つ塔はとても迫力があります。この広場は絶好の写真スポットです。遠近法を使って、この広場から「大雁塔」を“つまんで”みたり、“手のひらに乗せたり”と、アートな写真を撮るのもおすすめです。またこの広場“噴水ショー”も楽しむことができます。夜、ライトアップされた大雁塔を見ながら音楽に合わせたこのショーは、とてもダイナミックです。ただ休止や時間変更などもよくあるので、事前に確認してから行くことをおすすめします。
そして、「大雁塔」の後ろ側には、巨大な「三蔵法師の像」もあります。
この広場付近には高級デパートも立ち並びます。古代の建造物と近代的な建物が隣り合わせに位置し、とても不思議な空間です。夜には出店が立ち並び、お土産を買うこともできます。
ここはお食事ポイントでもあります。屋台(お店の外に椅子を並べてある場所)で、“小吃(xiǎo chī)”と呼ばれる軽食を、幾つかつまんで食べるのもいいものです。また「三蔵法師の像」近くには、格式ある中国料理店もあるので、お店に入って西安伝統の美食を味わうのもいいでしょう。ちなみに、中華料理にはもう飽きた…という方は、美味しい高級ハンバーガーなどはいかがでしょうか。“bluefrog 蓝蛙”(雁塔大悦城店yàn tǎ dà yuè chéng diàn)で検索すればOKです。日本と同じ味を食べたい時は、このお店に来ると良いでしょう。お店の雰囲気もとてもいいです。そして、行くなら月曜日がおすすめです。なんと月曜日は“买一送一(mǎi yī sòng yī)”のサービスがあるんです!“买一送一(mǎi yī sòng yī)”は中国ではよく見かけます。一つ買うともう一つプレゼントという意味です。つまり、バンズもお肉も美味しい高級ハンバーガーを1つ分の値段で2個注文できるということです。ドリンクも同様なので、嬉しい限りです。

 

城壁 (chéng bì )

西安でも一押しの観光地、それが城壁です。この城壁に登り、西安の街を一望すると中国の“歴史と現在の融合”を肌で感じることができます。
この城壁は明代のもので、現在中国に現存する最も規模が大きく、完全な状態の城壁です。長方形の形をし、城壁の長さは13.7㎞あります。4つの方向にそれぞれひとつの城門があります。東は“长乐门(cháng lè mén)”、南は“永宁门(yŏng níng mén)”、西は“安定门(ān níng mén)”、北は“安远门(ān yuǎn mén)”と呼ばれています。
“歴史と現在の融合”それは城壁の下側と上側の両方で感じることができます。
この城壁は西安の中心地に位置するので、交通手段もとても便利です。バスや車は城壁の一部アーチ形をした門の下をくぐって往来します。とても風情を感じます。また、城壁周辺にはいくつかの路地があり、飲食店、土産屋などが店を連ねます。その古びた店、石畳の街並み、両側に植えられた樹々、どれもが私たちをタイムスリップさせてくれます。

(タイムスリップ感覚できる場所その①)

その街並みを眺めながら城壁をバッグに写真を撮ると、高さ12メート城壁の迫力が圧巻です。
城壁入場にはチケットが必要です。チケットを購入するといよいよ城壁に登ることができます。またここでは絶対に“自転車サイクル”をおすすめします。城壁に登り自転車で一周することができますが、一周14kmを約2時間ほどで回ることができます。
西安は歴史と現代が共存する神秘的な都市、それをここで感じることができます。自転車を走らせながら、目に飛び込んでくる城壁の内側と外側の人々の生活のギャップ。内側には高い建物はひとつもなく、低層の古びた建物がひしひしとひしめき合う代々受け継がれた生活を感じます。外側には高層マンションが立ち並び、高級車などが往来する現代の西安が見えます。

(タイムスリップ感覚できる場所その②)

自転車に乗りながら西安の昔と今を眺め、写真を撮ったり、建物をじっくり観察したりしているうちにあっという間の1周です。ぜひ西安に訪れた時はここで、タイムスリップを感じてください。
一周するとなかなか疲れます、そんな方にはとっておきの休憩場所もありますのでご心配なく。城壁を眺めながらお洒落なお店でカフェタイム、そんな贅沢な時間を過ごせます。南の門“永宁门(yŏng níng mén)”近くにある“漫咖啡(màn kā fēi)”です。午前10時までに入店すれば、コーヒー&ワッフルのお得セットもあります。城壁を見ながら、ゆったりと旅の思い出を語り合ってはいかかでしょう。

今回は、おすすめの西安の観光地をご紹介しました。ぜひ参考にしてください!

ご存知でしたか?「春分」「夏至」「秋分」「冬至」など季節の暦は古代中国で考案され、西安が発祥であると言われています。日本にいるとこの季節の暦に大きなズレを感じます。それが西安では驚いたことに暦通りで「立秋」を迎えると、本当にその日から空気がガラッと変わり、涼しくなるのを肌で感じます。また、西安人は言います、「西安は自然災害がない!一番安全で平和な場所だ!」。確かに、台風も西安を避けて通り、地震もありません。「昔の人は賢くて、だからこそここ西安に都を築いたのだ」と。西安人は西安が大好きです。西安人であることにとても誇りを持っています。彼らを一言で表現するなら、“热诚(rè chéng)”という言葉を選びます。家族に対して、友人に、見知らぬ人に、食に対しても熱いです!見知らぬ人同士が会話を始め、それが二人、三人と増え輪になる…そんな光景は西安では当たり前です。ちょっと人との距離が空きすぎてしまったと感じる今の日本、ぜひ西安を訪れ、その人間らしい“熱”を感じて楽しんでください。きっともっと中国が好きになるでしょう!

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中国の流行コラム-柠檬精

 

“池袋中国語コラム”とは・・・

中国語学習者のための”池袋発”中国語学習に役立つコラムです。中国に関することだけでなく様々な話題を中国語を交えて紹介していきます。このカテゴリーでは、中国で流行する文化や言葉を提供しています。現地の若者と交流する際にお勧めの情報です。

【柠檬精】(ning2meng2jing1)

今年から、中国の微博(中国版Twitterとも呼ばれています)で、「レモンの精」(レモンの妖怪)という言葉が流行し始めました。中国語で「柠檬精(ning2meng2jing1)」と言います。

「柠檬精」とは、レモンの酸っぱさと、他人に嫉妬した時の胸の苦しさを一つにした言葉です。「柠檬精」は最初のうち、他人の嫉妬深さを嘲笑するような場合に使われていました。簡単に言えば、日本語の「羨ましい」の意味に近いです。次第に「嫉妬」というネガティブな意味合いは薄れて、他人のルックスや才能、持ち物、恋愛などを羨ましく感じた時の自虐ネタとして使われるようになってきています。

それでは、中国人はどんなときに使うでしょうか?例えば、微博を開いたら、タイムラインで友達がみんな素敵な生活を送っているのを見たとします。「李さんが非常にお金持ちでヨーロッパへ旅行している」、「陳さんがいっぱい食べても全然太らない」、「張さんは普段あまり勉強しないのに有名な大学に入った」などなどを見たときに、「我是柠檬精了!」と言いたいですね。つまり「羨ましい!」という感じです。

そのほか、「我柠檬了」(「レモンになった」)、「感觉很酸」(「酸っぱさを感じた」)といった表現も同じく「うらやましい」という意味で、「柠檬精」と同じように使われるようになっています。さらに、「酸酸甜甜柠檬精」(「甘酸っぱいレモンの精」)という言葉まで登場してきました。「酸酸甜甜柠檬精」は、他人の「甘い」ノロケぶりに当てられて、心は「酸っぱく」なった複雑な心情を表す際に使われています。

ここまで、「柠檬精」を紹介しました。皆さん、普段の生活で「柠檬精」になったときはありますか?そのとき、ぜひ「我是柠檬精了!」を使ってみてくださいね!

★使い方の例
→羨ましいわ。
我是柠檬精了。
→彼女の話を聞くと、羨ましい。
听了她的话,我是柠檬精了。
→何で同じ大学から卒業したのに、彼の給料は私より高いの?羨ましい!
为什么同一所大学毕业,他的工资却比我高?我酸了!

お勧めレッスン: 中国赴任前短期レッスン

おすすめ中国語ドラマ【三十而已】

 

“池袋中国語コラム”とは・・・

中国語学習者のための”池袋発”中国語学習に役立つコラムです。中国に関することだけでなく様々な話題を中国語を交えて紹介していきます。このカテゴリーでは、中国語学習者にお勧めの中国ドラマをご紹介します。ドラマを見ることで日常的に使える中国語表現をたくさん学ぶことができます。気になるドラマはぜひチェックしてみてください。ドラマをよく見る方は中国語の上達も早くなります!

【三十而已:2020年】(sānshí éryǐ)

2020年7月から8月にかけて放送されたばかりの最新ドラマです。都会で暮らすアラサー女性たちの心情をリアルに描き、微博などのSNS上では「まさに私たちの気持ちを代弁している」と多数の書き込みがなされました。

タイトルの「三十而已」は日本語で「まだ30歳」という意味。社会的にある程度自信をもって立ち回れるようになる年代であると同時に、いろんな現実に直面して心が揺れ動く年代です。そんな様子を、30歳の女性3人の視点から描きました。

まず一人目は「専業主婦」。元キャリアウーマンですが結婚後は夫を支え、子供のお受験合格を目指すかたわら、微博でその哲学を説き成功しています。演じたのは童瑶(トン・ヤオ/Tóng Yáo)。中国のトップ女優・章子怡(チャン・ツィイー/Zhāng Zǐyí)にそっくりだと思いませんか? 国内では「小章子怡(小さいチャン・ツィイー)」と呼ばれています。スタイル抜群であると同じに、高い演技力も注目されています。2009年の中国・日本・香港・台湾合作映画『台北に舞う雪」』では台湾スターの陳柏霖(チェン・ボーリン/Chén Bólín)と共演しました。

二人目は「キャリア磨きに余念がない女性」です。上海のハイブランドのショップで働く彼女は実は地方出身。必死にキャリアを積みあげ、業績は常に店内トップです。順調そうに見えますが、結婚相手を探そうと模索しています。

彼女が靴のフィッティングをするときにこんなセリフを発します。「二十岁才追求样式,三十岁该追求品质了呀」。二十歳の頃ならデザイン重視だけど、30になったら品質にこだわるべきよ、という意味です。デザイン性の高い靴よりも、品質がよく履き心地のいい靴を選ぶ、というキャリアウーマンならではの彼女の価値観が現れています。多くの女性が「まさにそのとおり!」と共感して、ドラマを代表するセリフとなりました。演じる江疏影(ジャン・シューイン/Jiāng Shūyǐng)は、日本の女優の菜々緒さんにも少し似ているクールビューティーです。2015年『最高の元カレ(原題:最佳前男友)』で言承旭(ジェリー・イェン/Yán Chéngxù)の相手役を演じました。

そして三人目は「子供のいない平凡な主婦」です。普通の会社員として働く、普通の女性です。平凡な生活になんの不満もありませんでしたが、流産したことをきっかけに結婚生活に亀裂が生じてしまいます。毛晓彤(マオ・シャオトン/Máo Xiǎotóng)が演じました。あどけない顔立ちで中国でも大人気の女優です。

 

都会的な上海の街並みを舞台に、3人のそれぞれの個性を生かしたファッションも見どころです。またセレブな奥様方の集まりで、数千万円もする「エルメス」のバッグが使われたことも話題となりました。うまく中国の富裕者層のヒエラルキーを象徴しており、またインフルエンサーたちがSNSでその情報を拡散して、社会現象にもなっています。中国のトレンドを知りたい人にはピッタリのドラマです!

 

 

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おすすめ中国語映画【末代皇帝】

 

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中国についてよく分かる傑作映画10

現代史・社会問題・自然災害

私たちは中国について、古代から近代までは学校の世界史で学びますが、現代史については学ぶ機会は多くありません。しかし今の中国を知るためには、そしてこれからの日本と中国との関係を考えるためには、現代史を知ることが非常に重要です。
今回は、近現代の歴史、社会問題、自然災害に関する映画を中心にご紹介いたします。社会問題や自然災害も、中国の近現代の歴史と大きく関わった問題ばかりを扱いました。中国について学ぶことはたくさんありますが、中国がどんな歴史を歩んできたか、まずそれを知ることから始めてみましょう!

【末代皇帝:1987年】(mò dài huáng dì)

『The last emperor』

1987年製作/163分/PG12/イタリア・イギリス・中国合作

邦題:ラストエンペラー

日本配給:松竹富士

アカデミー賞(1987)作品賞・監督賞・脚色賞・撮影賞・美術賞・編集賞・音響賞・作曲賞・衣装デザイン賞

日本アカデミー賞(1989)外国作品賞

ゴールデングローブ賞(1988)最優秀作品賞(ドラマ)・最優秀監督賞・最優秀脚本賞・最優秀作曲賞

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1908年、2歳10カ月で清の第12代皇帝に即位した溥仪(Pǔyí)の生涯を、幼年時代、少年時代、そして満州国皇帝になるまでを中心に、中国人戦犯として捉えられた現在との回想の中で描かれています。皇帝の死後、母親から引き離され、それ以来、母親代わりでもあった乳母までも無理やり別れさせられた幼年時代。

外の世界から隔絶され、自由に外に出ることも許されず、同世代の子どもを知らなかった孤独な溥仪(Pǔyí)の姿が丁寧に描写されています。そして母親が死んでも会いに行くことすら許されず、失明してしまうかもしれないのに眼鏡を掛けることすら自由にできない、そんな不自由な姿に同情する家庭教師との交流の中で少年時代の溥仪がよみがえっています。

そうした幼年時代、少年時代を過ごした紫禁城での撮影は、当時初めて外国人への撮影許可が下りたことで話題になりましたが、とくに歴代皇帝の即位式を行う太和殿で行われた戴冠式の場面では2500人のエキストラを使って撮影されました。

1987年アカデミー賞では作品、監督、撮影、脚色、編集、録音、衣装、美術、作曲とノミネートされた9部門すべてを受賞。

出演のほか音楽も担当した坂本龍一は、日本人として初めてアカデミー作曲賞を受賞しました。

この映画は、豪華な歴史超大作としてだけではなく、溥仪(Pǔyí)という一人の人間の激動の人生をあますところなく描き出した珠玉の名作です。

 

The last emperor』予告編

 

 

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池袋中国語コラム 中国新一線都市紹介~武漢~

 

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【百湖の市:武漢】

三国志のハイライトとなる歴史的な場所が数多くあるのが長江中流域に広がる湖北省。その中心都市が武漢(wǔ hàn)です。位置は中国の華中地域に位置しています。いわゆる中国の真ん中です。武漢には多くの湖が存在していて“百湖の市”と呼ばれています。そのせいもあり水域面積がなんと全市面積の約四分の一を占めています。また“国家森林都市”に認定されていて約四分の一が緑に覆われています。大河長江、百の湖、森林におおわれた都市、それが武漢です。

 

長江(cháng jiāng)について 

武漢を語るにあたってまず先に紹介したいのが長江です。すでに多くの人に知られている長江が武漢市内に流れています。全長6300kmあり、この長さはアジアで最長で世界でも第三位です。大河と文明の発達とは切っても切れない関係にあり、世界四大文明(メソポタミア文明ーチグリス・ユーフラテス川、エジプト文明ーナイル川、インダス文明ーガンジス川、中国文明ー長江)はいずれも大河のそばで発展してきました。武漢の発展に関しても長江は重要な役割を果たしています。

 

 

武漢三鎮(wǔ hàn sān zhèn)について知っておこう

武漢市はもともと3つの別の都市合併してできた都市です。観光で行く際にはあまり気にしないかもしれませんが、こうした都市の成り立ちを知っておくと観光するときにより現地の文化を理解する助けになります。

漢口(hàn kǒu):漢江の長江合流点、高速鉄道の駅あり、商業の要衝地

漢陽(hàn yáng):工業の要衝地、高速鉄道の駅あり

武昌(wǔ chāng):政治の要衝地、あの三国志に出てくる孫権が「以武治国而昌」(武をもって国を治め、繁栄させること) の理念を掲げて命名したと言われています。

観光の前に武漢はこの3つの地区から成り立っているということを理解しておきましょう。私たちから見たら同じようでも地元の人からしたらそれぞれが別の地域なのです。

 

せっかくなら大河長江を眺めたい!

 

武漢長江大橋(wǔ hàn cháng jiāng dà qiáo)

武漢市の漢陽区と武昌区とを結んでいます。長江では初めての鉄道と道路の両用の橋で、さらに中国を代表する大河長江に架かっているということで非常に注目度の高い橋となっています。うれしいのが歩いて渡ることもできるということです。橋の真ん中まで行って長江を見下ろすとたくさんの荷物を積んだ船が行き来しています。東の方角を見てみると武漢三鎮を一望できます 。そしてあの毛沢東主席が『水調歌頭ー遊泳』と言う詩の中で「1本の橋を南北に架ければ、天険も大道に変わる」 と述べたと言われています。まさにこの橋の価値を形容した一言です。もし時間に余裕があれば歩いてこの橋を渡ってみることをお勧めします。ちなみに橋の全長は1670mです。

橋から見る景色もとてもおススメですが、夜には橋自体がライトアップされることと、行き交う車のライトが点灯することで武漢でも有数の夜景スポットとなっています。ぜひゆったりと夜の長江大橋を鑑賞してください。

 

歴史好きにはたまらない観光スポット

そもそも中国は歴史が長いので多くの都市に歴史スポットが存在します。特にここ武漢では三国志にかかわる歴史にたくさん触れることができるのも魅力の一つです。

 

黄鶴楼(huáng hè lóu)

呉の孫権が西暦223年にここに物見櫓(ものみやぐら)を置いたのが始まりと言われています。孫権もここから自分の軍隊が出入りする様子を見ていたのでしょう。ここから景色を眺めて孫権になり切って浸ってみるのもよいかと思います。今の建物は1985年に再建されたものらしいですが、とにかく眺めが壮観です。武漢市街の眺めを一望することができますし、長江も一望できます。武漢の発展がいかに長江と密接にかかわっているかをよく知ることができますし、中国の歴史を支えてきた古から存在する長江と急速に近代化を遂げる武漢市内を同時に眺めることができる貴重な場所です。

 

三国赤壁古戦場(sān guó chì bì gǔ zhàn chǎng)

さて、三国志ファンにたまらないのが映画レッドクリフの舞台ともなった三国赤壁古戦場です。特に三国志に興味のない方でも“赤壁の戦い”という名前を聞かれたことがあるかもしれません。魏の曹操が天下統一を目指すべく100万以上もの軍隊を従えて南下し、それに対抗すべく呉の孫権と蜀の劉備が手を組んで曹操の軍隊を見事に打ち破るという出来事があった場所です。その時以来魏、呉、蜀の力が均衡するようになり三国時代が始まったと言われています。

この戦場は後に整備され、長江の岸壁には赤く“赤壁”と記されており、歴史が大きく動いた場所の圧倒的な存在感を私たちに見せつけています。

この場所は武漢の南西約100kmほどのところにあります。武漢から車をチャーターすればそのまま行くことができます。所要時間は3時間弱かかりますので十分に時間を取って観光すると良いでしょう。

 

古隆中(gǔ lóng zhōng)

またもや三国志に関係する場所ですが、皆さんは“三顧の礼”をご存じでしょうか?劉備が隠遁生活をしていた諸葛亮を招くために三度尋ねたという話があるのですが、その諸葛亮が住んでいたという草庵がこの場所にあります。ちなみにここは武漢から車で4時間半ほど離れた襄陽市にあります。かなり距離がありますが、樹木や壁などが当時を再現して作られていますので諸葛亮と劉備のやり取りに思いをはせることができます。三国志が好きな方はぜひ訪ねてみてください。

 

中国でも花見ができる!?

 

武漢大学(wǔ hàn dà xué)

「えっ、大学?」と思われるかもしれませんが、この武漢大学も観光スポットで、大学なのに春には連日一万人以上の観光客が押し寄せるといわれています。その理由が、ここでは1000本以上の桜の木が植えられているからです。200メートルにも及ぶ桜並木はまさに圧巻です。「桜なら日本でも十分に見れるよ」と思われるかもしれませんが、ここでは中国の人がどのように花見をするかを観察するのも一興です。当然ですが、日本の花見の仕方と中国のそれでは大いに違いがありますのでそれぞれの文化の違いを楽しむという意味でもおススメです。

豆知識:この桜の由来については田中角栄元首相が周恩来元首相の奥様に送りものとして送った物が後に武漢大学に寄贈されたと言われています。

 

武漢に行くならいつがいい?

あまりイメージにないかもしれませんが、実は武漢は重慶、南京と共に三大ボイラーの一つ(つまり中国でも特に暑い場所、日本で言う熊谷市や館林市)とも呼ばれています。夏場は40度近くに達するので非常に暑いです。暑いのが苦手という方は夏場は避けた方が良いでしょう。

 

~料理~

 

観光に欠かせないのはなんといってもおいしい食べ物ですが、ここ武漢でもたくさんの名物、B級グルメがありますのでここで紹介します。

 

熱乾麺(热干面:rè gān miàn ) 

中国の人が武漢の食べ物と聞いてまず思い浮かぶのがこの熱乾麺です。中国五大麺“四川省の担々麺 (dàn dàn miàn)・山西省の刀削麺(dāo xiāo miàn) ・北京などの北で食される炸醤面(zhà jiàng miàn) ・広東省、広西省の伊府面(yī fǔ miàn)”とともに名を挙げられている麺です。中国の人も武漢に行ったら必ず食べてみるとも言われるくらい武漢の代表的な食べ物です。

この熱乾麺は小麦で作った麺に、ゴマで作ったソース、ザーサイ、ネギ、コショウを混ぜたものです。実はこの熱乾麺は武漢では朝食として食されているんです。それだけこの熱乾麺は武漢では日常的に食されているということですが、“郷に入っては郷に従え”という言葉もありますので、もしよければ朝ごはんに熱乾麺を食べてみてください。価格も10元程度、地元の人がしょっちゅう行くようなお店であれば10元もしないで食べることができます。安くておいしいこの熱乾麺は長年武漢の人を支えてきました。ぜひ味わってみてください。

 

 

黑鸭脖(hēi yā bó )

これはあまり日本人には知られていない食べ物なのですが、“鸭”つまりアヒルのことですが、そのアヒルの“脖”つまり首を調味料に漬け込んで味をしみこませたもののことです。多くの場合一口サイズにカットしてあって調味料に漬け込んだため黒っぽくなっています。この黑鸭脖は中国各地にあるのですが、中でも武漢の黑鸭脖は“絶品”と言われています。武漢の黑鸭脖は辛いです。辛いものが平気、もしくは大好きという方には特にお勧めです。そして、この黑鸭脖はお酒のつまみ“下酒菜(xià jiǔ cài )”としても最適です。もしよかったらビールを片手に食べてみてください。

 

三鲜豆皮(sān xiān dòu pí)

中国では“三鮮○○”という食べ物の名前をよく目にします。肉類、海鮮類、野菜類といった異なる三つの種類を含んだものを“三鮮”と呼びます。どの三種を含めるかは作る側が工夫することができるので同じ“三鮮”でもお店によって味が大いに異なります。“豆皮”とは大まかにいえば湯葉のようなものです。こちらも中国各地で食されています。代表的なものは肉、卵、エビを材料としたものです。値段もとてもリーズナブルで多くは10元もしないで食べることができます。

 

グルメスポット

 

户部巷 (hù bù xiàng)

上に武漢の代表的なB級グルメを紹介しましたが、「どこに行って探したらいいの?」と思われるかもしれません。どうぞご安心ください。武漢にもB級グルメが集まるスポットがあります。ここではありとあらゆる屋台のお店が並んでいます。「朝食は户部巷 夕食は吉慶街」という言葉があり、ここでは朝食で食べるようなもの、つまり“小吃(xiǎo chī )” を楽しむことができます。上に紹介したもののほとんどはここで食べることができます。こうしたいわゆる中国の小吃のお店が立ち並ぶ場所というのは中国の観光都市には大体あるのですが、この武漢の户部巷は規模の面ではかなり大きい方に入ります。

 

観光の際のコツ

 

もし時間に余裕があれば、食べる前にぐるっと一回りしてみてください。同じ熱乾麺でもお店によって値段や味が異なります。入ってすぐに目に入ったところで食べてしまうのではなく先に全体を見回してみましょう。そのうえで気になったお店に行ってみると本場の武漢の味にたどり着くことができるでしょう。

 

吉慶街 (吉庆街:jí qìng jiē)

先ほど紹介したように「夕食は吉慶街」という言葉があります。この吉慶街でも武漢のB級グルメを沢山楽しむことができます。户部巷との違いは、吉慶街は午前は静かで夜とてもよくにぎわいます。またイベントステージもあるので見る楽しみも味わえます。夜に時間があるような場合にはぜひ立ち寄ってみてください。

 

シュウマイを食べるなら

漢口(hàn kǒu)の花楼街(huā lóu jiē)と交通路(jiāo tōng lù)が交わるところに“顺香居”(shùn xiāng jū)という五十年以上続いているお店があります。ここのシュウマイがとってもおススメです。ここのシュウマイは脂っこくないことで知られています。もしお時間があれば立ち寄ってみてください。

豆知識:残念なことに中国では長年一つの味を守る店がますます少なくなってきていて多くの中国の方が危惧しています。その中で50年の歴史がある店というのは非常に希少価値があります。

 

まとめ

 

私たちも知っての通りコロナウイルスのこともあり武漢の人はとても大変な思いをしました。もともとエネルギッシュな都市でしたが、今現地の人はそのショックを乗り越えようと精力的に努力しています。この記事を通して少しでも武漢の魅力を知っていただけたら嬉しいです。そして、今後自由に旅行できるようになった時にはぜひ、この“百湖の市”を訪れてみてください。きっと元気をもらえると思います。

 

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池袋中国語コラム 中国新一線都市紹介~杭州~

 

“池袋中国語コラム”とは・・・

中国語学習者のための”池袋発”中国語学習に役立つコラムです。中国に関することだけでなく様々な話題を中国語を交えて紹介していきます。このカテゴリーでは、中国赴任や出張などビジネス向けの方にお勧めの情報・ノウハウを提供しています。

【人間天堂:杭州】

【美麗な江南の水の郷_杭州(háng zhōu)】

杭州とはどのような都市でしょう?杭州は長江の最下流部「揚子江」の南にある美しい水の街です。優雅、精細でエレガントで、人と技術、古代とファッションが共存する町です。古くから杭州を讃える詩は数多く存在します。中国の民間に最もよく伝わっていることわざに「上有天堂,下有苏杭」(shàng yǒu tiān táng , xià yǒu sū háng)があります。空では天国は一番美しい、人間界では蘇杭は一番美しいという意味です。蘇州、杭州の美しさ、繁栄と豊かさを形容しています。また、杭州は物産が豊富で古くから「魚と米の里」、「シルクロードの府」、「地上の天国」と讃えられています。

 

杭州概要

杭州、略して「杭」(háng )と呼ばれ、古くは臨安(lín ān)、銭塘(qián táng)と呼ばれ、浙江省省都、副省級市、杭州都市圏の中核都市であり、国務院が承認した、文化、科学教育センター、長江デルタ中心都市の一つです。2019年までに、全市は10区、2つの県、1つの県級市を管轄しています。総面積は1653.57㎢で、常駐している人口は1,036万人で、都市人口は813.26万人、都市化率は78.5%で、常駐している外来人口は45.44万人に達します。

地理位置としては、杭州は中国長江デルタの南翼、杭州湾の西端、銭塘江下流、京杭大運河の南端に位置し、長江デルタの重要な中心都市と中国東南部の交通の中枢です。地形としては、杭州は長江デルタの南沿いと銭塘江流域にあり、地形は複雑で多様です。杭州市西部は浙江西丘陵区に属しています。主な幹線山脈は天目山などがあります。東部は浙江北平原に属して、土地の高さは低くて、川の網はすきまなく広がって、湖は密布して、物産は豊富で、典型的な“江南の水の郷”の特徴を持ちます。

他に、杭州には便利な公共交通機関があり、四方八方に伸びており、すべての景勝地にはバス路線があります。 公共交通機関には2種類あります。1つはエアコン付きの車両(文字Kの頭に数字が付いている)、一般運賃は2元、もう1つは空調なし(番号のみ)、一般運賃は1元です。現在、空調付き車両が主に使用されています。 風光明媚な観光エリアへの多くのバスはYで始まります。 朝のラッシュアワーと夕方のラッシュアワーは交通渋滞が激しいので、外出時は朝と夕方のラッシュアワーを避けた方がいいです。

 

~観光~

杭州には多くの自然景観があり、西湖(xī hú)、前釣湖(qián diào hú)、大運河(dà yùn hé)、天母山(tiān mǔ shān )、清涼峰(qīng liáng fēng)などの山や川がたくさんあります。 以下に最も有名な景勝地のいくつかを紹介します。

 

地上の天国「西湖」 ( xī hú )

杭州西湖風景区は、浙江省杭州市西側の西湖区龍井路1号に位置します。平野、丘、湖、川と海がつながっているエリアであり、三方を山に囲まれ、もう一方は市街地に隣接します。 総面積は49㎢で、そのうち湖は6.5㎢です。2011年6月24日にフランスのパリで開催された第35回世界遺産会議で、杭州西湖の文化的景観が世界遺産リストに正式に掲載されました。西湖には100以上の観光スポットがあります。西湖の輪郭はほぼ楕円形で、湖の底は比較的平らで、湖の平均深さは2.27m、最深は約5m、そして浅瀬は1メートル未満です。西湖風景区には多種多様の生物が存在し、119種の鳥と20種以上の哺乳類があります。 西湖の水面には38種の水鳥がいます。 サギの数は2万羽以上。鳥が好きな方はカメラを必ず持ってきてください。

 

 

钱塘江大潮 (qián táng jiāng dà cháo )

天下第一潮 (tiān xià dì yī cháo ) 

钱塘江の潮、世界でも自然の驚異をよく知ることができる場所です。天体の重力と地球の自転の遠心効果に加えて、杭州湾の角の特別な地形によって引き起こされる巨大な高潮です。潮を観る習慣は、漢王朝と魏王朝に始まり、唐王朝と宋王朝に繁栄し、2000年以上の歳月を経て、今でも多くの観客を魅了しています。銭塘江の潮汐は太陰暦の8月18日に最大であり、高さ最大5m、潮は太陰月の1日から5日まで、および15日から20日まで見ることができるので、潮を見られるのは年間120日あります。潮の満ち引きの時間は毎日異なり、いつでもネットで検索できます。 中秋節周辺は潮を見るのに最適な時期です。この素晴らしさを見るために、あらゆる地域から観光客が来ます。海潮が到来する前に、小さな白い斑点が遠くに現れ、瞬く間に銀色の線に変わり、雷のような音を伴って、白い線が転がり、波が押し寄せてきます。安全に潮を見るための主なおすすめのスポットは、ヤンアン潮見景勝地、潮見リゾート公園、海神寺(hǎi shén sì)です。潮の種類には、クロスタイド、ファーストラインタイド、リサージェンスタイドがあります。 さまざまな場所でさまざまな潮を見ることができます。潮を見るときは近づきすぎないように気をつけ、ガードレールを横切らず、安全に潮を見ましょう。

 

東方文化園 ( dōng fāng wén huà yuán )

東方文化園は、総投資額は5億元で、杭州の重要な観光スポットです。田舎の村、長い草、浅い山と澄んだ水、美しい景色。 庭園のレイアウトは、儒教、仏教、道教と同じ構造を持つ周伊八図に基づいており、東洋の伝統文化の豊かな意味合いを表現しています。東方文化園では8つの名所があります。(中央地区、仏教地区、道教地区、儒教地区、オリエンタルリゾート、サウザンムープレーリー、シャンルイ観光スポット、世界でも珍しい果物園)ここの果樹園の果物の品種は、100kgを超えるカボチャ、高さ6mを超えるトウモロコシとヒマワリ、ポケットサイズのカボチャなど、科学技術を通じて多くの新しい品種を育てております。ここではテクノロジーで育てる楽しさを感じることができます。道教風景区は、中国を起源とする道教と呼ばれる古代の宗教であり、東漢末期に生まれ、東晋と南北朝鮮で栄えました。 唐と宋の時代には、かなりの発展がありました。 道教の景勝地にある「太極拳」は道教のランドマークです。祭壇の大規模なゴシップの絵は、道教の基本的な教えと陰陽の理論を用いて、社会生活の硬直、柔らかさ、動き、生と死、交流、繁栄と衰退を意味しています。 「太極拳」の奥には「バグア宮殿」があり、宮殿内の風景から、まるで幻想的な奇妙な光景を体験することができます。

 

霊隠寺 ( líng yǐn sì )

晋の時代326年に、インドの高僧である慧理によって建立されました。すでに1690年以上の歴史を有し、中国禅宗五山十刹十大古刹の一つ、杭州で最も古い仏教寺院です。西湖の西側の霊隠山麓に立地し、向かいに飛来峰(fēi lái fēng)、北高峰(běi gāo fēng)を背にしています。山奥に位置する霊隠寺は、深い森や霧と雲に囲まれ、一種のミステリー感があります。霊隠寺前の飛来峰には、浙江省で最大規模の彫刻群があります。山頂には五代から元代までの仏像と祖師像の石像が300余り散在しており、青林洞、玉乳洞、竜泓洞など数多くの洞窟があります。霊隠寺を参拝する際、ぜひ飛来峰まで足を運んでください。霊隠寺は現在の建物が清代に再建されたもので、天王殿の横額は康煕帝の自筆です。全寺の建築中軸線上に天王殿、大雄宝殿、薬師殿という順番で並んでおり、天王殿の正面には太鼓腹を見せ、優しく笑っている弥勒の仏像が置いてあります。その後ろに伏魔の真似をした韋駄天像、両側に四大天王の像があり、いずれも高さは8mあります。天王殿の先に見えるのは大雄宝殿(旧称覚皇殿)で、中央に24.8mの蓮花に座る釈迦如来仏像があります。中国における最大の木彫りの座像で、宗教の芸術品の最高傑作の一つです。大雄宝殿の次は薬師殿でして、近年再建されたもので殿内には薬師仏像、日光天子、月光天子等の仏像を祭り上げています。一般的に言えば、霊隠寺は非常に願掛けの効果があり、そのためお香は非常に多くあり、巡礼者は後を絶ちません。 最も効果的なのは、結婚を求めることです。 良い結婚を望んでいる友人は、霊音寺に祈りに行くことができます。

 

その他:イーチャイナアカデミー杭州校

イーチャイナアカデミーの中国現地校は杭州にあります。日本人が多く住む「下城区」に位置し、買い物やショッピングなども便利です。西湖まで、車で約10分。京杭運河から数分の距離で、レッスン後にのんびり散歩なんてこともできます。杭州プチ留学という短期留学レッスンも随時受付しておりますので、中国現地を体験してみたいけど、一人では不安という方に特にお勧めです。

 

~料理~

杭州の食文化には長い歴史があり、約7〜8千年前のクアフチャオ文化にまで遡ることができます。杭州料理の絶妙さと贅沢、海鮮料理でも肉料理でも、杭州の人々は非常に繊細で美しい料理を作ります。

叫花鸡 ( jiào huā jī )

叫花鸡は長い歴史を持つ伝統的な料理です。また、杭州の無形文化遺産にも登録されています。「叫花」(jiào huā)は乞食の意味で、その名の通り乞食が作った鶏料理です。作り方としては、鶏全体を蓮の葉で包み、地面に穴を掘り、穴に入れて埋め、それを上から燃やし、地面の熱で鶏をローストします。実はもう一つ名前の由来があり、言い伝えによると、朱元璋(zhū yuán zhāng)が戦闘で部隊を率いたとき、朱元璋は再び戦いに負けて、敵に追いかけられて3日間逃走を続けました。朱元璋は疲れ果てて空腹の時、彼は先に土から煙が出ている篝火を見つけ、年寄の乞食がそばにしゃがみこんでいました。朱元璋は不思議に思い、「ここで何をしているのですか?」と聞き、乞食は朱元璋に気づき急いで「あなたに鶏を差し出します。」と言いました。朱元璋はそれを聞いてとても驚きました。乞食は火から鶏を取り出し、泥を落としましたが、とても香ばしかったです。 朱元璋は「とても美味しい」と食べながら絶賛しました。 その後、朱元章はこの鶏を「リッチチキン」と名付けました。 杭州に来たなら、朱元璋が賞賛した花鶏という美味しい鶏肉をぜひ味わってください。

 

虾爆鳝面 ( xiā bào shàn miàn )・・・海老焼きうなぎうどん

杭州で有名な麺料理です。この麺を作るときは、新鮮で濃厚なうなぎと新鮮な大川海老を使って濃厚なスープを作ります。 茹でた麺がうま味を引き立て、食べたら病みつきになること間違いなしです。虾爆鳝面を食べるなら、老舗の奎元馆が非常におすすめです。 1867年創業の老舗で、杭州でも多くの人々に愛され、地元の人々にも親しまれています。メニューは各種麺類、小籠包、角煮、野菜炒めなど種類は100を超え、豊富です。 海老焼きうなぎうどんは奎元馆(kuí yuán guǎn)の特製うどんですが、48元と少し高めです。値段は安くありませんが味はとても美味しく、販売量はとても多いです。 杭州に行くなら、このお店をぜひお試しください。 店内の接客態度がとても良く、内装も個性的で写真撮影に適しています。

 

东坡肉(dōng pō ròu)

日本でも有名なトンポーローは浙江料理の一つで杭州を代表する料理です。豚のバラ肉を大きな角切りにし、醤油・酒などでじっくり煮込んだもので食べたことがある方も多いのではないでしょうか。北宋の詩人蘇軾が考案したとされ、名前は蘇軾の号である「蘇東坡」に由来すると伝わっています。蘇軾は黄州(今の湖北省)に政治を批判した罪で左遷され、そこで晴耕雨読の生活を送りながら東坡居士と号しました。そこで黄州の名物の豚に目を付け、東坡肉の原型となる紅焼肉を考案したとされています。

西湖醋鱼(xī hú cù yú)

西湖醋鱼は西湖で獲れる淡水魚を使った杭州の名物料理です。浙江料理の一つで草を食べる草食魚の柔らかな白身を使ったもので、甘酸っぱい味が口に広がっていく一品です。南宋時代の著名な料理人の宋五嫂という女性が、高宗皇帝が西湖で船に乗った時に、船上でこの西湖醋鱼を振る舞い、絶賛されたことがその始まりとされています。2018年には浙江十大経典名菜の一つに数えられました。

 

まとめ

いかがでしたでしょうか?杭州は2016年にG20サミットが行われたり、アリババ本社があったりと中国でもITイノベーションが最も進んだ都市です。旅行は経験であり、未知の世界への憧れであり、これまでの自分自身とは異なることができるとても良い機会です。日本からも近く、比較的遊びに行きやすい杭州へぜひ足を運んでみてください。

 

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中国の流行コラム-伤不起

 

“池袋中国語コラム”とは・・・

中国語学習者のための”池袋発”中国語学習に役立つコラムです。中国に関することだけでなく様々な話題を中国語を交えて紹介していきます。このカテゴリーでは、中国で流行する文化や言葉を提供しています。現地の若者と交流する際にお勧めの情報です。

【伤不起】(shang1bu4qi3)

「伤不起」(shang1bu4qi3)は中国のウェブサイト「天涯」(tian1ya2)から出た言葉です。一気にネット上や日常生活の会話で広まりました。最初に「天涯」の「沪江法语」(hu4jiang1fa3yu3)で、「学法语的人你伤不起啊!!」(xue2 fa3yu3deren2 ni3 shang1bu4qi3a)というタイトルの文章がシェアされたことがきっかけで、数多くの人が真似しました。意味は「フランス語を学ぶ人、君以上耐えられない!!」です。皆さん、ここの「伤不起」はどういう意味を表しているでしょう?あててみてください!

実は、「伤不起」は、何度も挫折、つまずいたあと、もうこれ以上傷づくと崩壊してしまうという状態を意味しています。この言葉の語の構成から見ると、「伤不起」は「動詞(伤)+不起」という組み合わせになっています。動詞の「伤」は「傷み」という意味で、補助動詞の「〜不起」は「負担する能力がなくて、何かをすることができない、または我慢できない」という意味です。ですから、「伤不起」は「もう傷だらけなので、これ以上自分を傷つけることができない、またはこれ以上自分を傷ついてはいけない」ということを表しています。

それでは、「伤不起」はどのように使うでしょうか?例えば、会社の同僚に「前に課長に出されたレポートはうまくできた?」と聞かれて、もうすぐ締め切りですが、何日考えても全然できないという状態になっています。こういう場合は、「马上要到交报告的时间了,我考虑了好几个晚上却完全不行,伤不起!!」と答えればよいです。そうすると、自分の苦しみを相手にはっきり伝えられます。

また、「伤不起」のほか、「买不起」(mai3bu4qi3)や「吃不起」(chi1bu4qi3)などもあります。「买不起」は、「お金がなくて、買えない」という意味です。「吃不起」は「食べ物の値段が高くて、食べられない」という意味です。

 以上、中国で流行している「伤不起」を紹介いたしました。皆さん、ぜひ使ってみてください。ちなみに、『伤不起』という中国語の歌もありますよ。興味があれば、ぜひ調べてみてください!

★使い方の例
→连续被4个人分手…伤不起!!
4人連続で振られた…もうこれ以上耐えられない!!
→每天早起上班的女纸伤不起!!
毎日朝早く起きて通勤する女子はこれ以上耐えられない!!
 (*「女纸」は「女子」の意味を表す流行語です。)

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おすすめ中国語ドラマ【延禧攻略】

 

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中国語学習者のための”池袋発”中国語学習に役立つコラムです。中国に関することだけでなく様々な話題を中国語を交えて紹介していきます。このカテゴリーでは、中国語学習者にお勧めの中国ドラマをご紹介します。ドラマを見ることで日常的に使える中国語表現をたくさん学ぶことができます。気になるドラマはぜひチェックしてみてください。ドラマをよく見る方は中国語の上達も早くなります!

【延禧攻略:2018年】(yánxǐɡōnɡluè)

日本語タイトル【瓔珞(エイラク)~紫禁城に燃ゆる逆襲の王妃~】

主人公・瓔珞(エイラク/Yīng Luò)のモデルとなったのは、最盛期の清朝を治めた乾隆帝の時代(在位1735~1795年)、数多い妃嬪の中で最も寵愛されたと言われる実在の女性で、孝儀純(コウギジュン/xiàoyíchún)皇后となる人物です。

今より二百年以上も前に、紫禁城で働いている姉の突然の死に絶望し、少女瓔珞は復讐を誓いました。紫禁城の繍坊で女官として働き、姉の死の謎を密かに調査し始めるのです。妃と女官たちからの嫌がらせやいじめに対しても、「やられたらやり返す」と宣言した瓔珞は正義感と智慧で乗り越えていきます。ついには富察(フチャ/Fù Chá)皇后に能力を認められ、女官のトップと任命されるのでした。

一方、宮中の女性を魅了する富察皇后の弟、美男子の傅恒(フコウ/Fù Héng)を犯人と疑い、彼女は優しいふりをして近づきましたが、二人はお互い惹かれて誤解を解き、恋に落ちた。しかし、乾隆(ケンリュウ/Qián Lóng)帝も瓔珞の冷たい態度に気を引かれ、好意を寄せるのでした。

この時、姉を死に追い詰めた真犯人たちが明らかになり、彼女の復讐の炎を再び灯しました。傷付けられても敵を打つと決心した瓔珞は復讐を成し遂げられるか?瓔珞を妹のように守ってきた富察皇后にも予想外の不幸が訪れ、遂に取り返しのつかない悲劇が起こってしまうのでした。傅恒と結ばれない運命に逆らえず、嫉妬や欲望の渦巻く後宮に潜む更なる陰謀に巻き込まれた彼女は、もう一度復讐の泥沼から立ち上がり、更なる強敵に勝ち抜けるのか?この鳥籠のような後宮に、思いがけなく出会った傅恒と皇帝との不思議な三角関係の行方はいかに?誰よりも寵愛を浴びる瓔珞が手にするものは愛なのか、それとも、権力なのか?

瓔珞を演じた吳謹言(ウー・ジンイェン/Wú Jǐnyán)は一気に名女優となり、富察皇后役の秦嵐(チン・ラン、Qín Lán)、乾隆帝役の聶遠(ニエ・ユエン/Niè Yuǎn)、後に悲劇の皇后となる嫻妃(カンヒ/xiánfēi)役の佘詩曼(シェー・シーマン/Shē Shīmàn)といった実力派俳優たちも、女性を中心に人気を集めました。

華麗な王朝生活を忠実に再現するため、清朝の歴史考証に工夫し、建物から小道具までできる限り本物を使いました。皇帝や妃嬪たちの簪と衣装も、ジュエリーの伝統工芸と蘇州の刺繍・手織りの職人によって制作され、古代の絵のような淡く優しい色合いに合わせて女優たちの美しさを更に輝かせました。

従来の時代劇の枠を超え、女性版「半沢直樹」とも評されたこの大逆転劇をぜひご覧ください!

 

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池袋中国語コラム 中国新一線都市紹介~重慶~

 

“池袋中国語コラム”とは・・・

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【火鍋の都市:重慶】

中国4000年の歴史の中、約2340年も前に歴史の舞台に名前を出すようになっていった重慶。今では、中国第5位の経済都市として、中国経済の中核を担っている街になります。古代から現代にかけて、中国の歴史の中心に重慶はありました。史跡もあり、世界遺産の大足石刻をはじめとした仏教・道教の文化を堪能できる街でもあります。

重慶の史跡を回りながら、看板や乗車券の購入、飲食店での注文、お土産屋での買い物の際に、普段の中国語学習の成果を発揮できるシーンも多いのではないでしょうか。中国語会話も楽しみながら、重慶の史跡を回る旅について、今回はご紹介していきましょう。

 

~重慶概要~

重慶は中国内陸の西南部、四川盆地の東南部、長江と嘉陵江の合流点に位置しています。人口3,124万人、面積82,400 km²の大都市で、1997年に北京、上海、天津に次いで中国第4の中央直轄市に昇格しました。 三方が水に臨み四方を山に囲まれているため「山城」の別称があります。水運を利用した内陸貿易で西部最大の工業都市となっています。

気候は湿潤で曇りが多く、霜や雪は少なく、春や秋には河からの水蒸気で霧が立ち込めることから「霧の都」とも呼ばれます。盆地であるため、夏は非常に暑く、同じ長江流域の武漢、南京と並んで「三大火炉(かまど)」と呼ばれます。

 重慶の歴史について 

〜仏教文化と道教文化の融合〜

現在まで、約2340年もの有史があるのが重慶です。春秋戦国時代には、巴国があり、今の重慶市の巴南区に江州という都を置いていました。紀元前316年に、秦国が巴国を滅ぼし、巴郡江州県が置かれます。その後名前を変えながらも、国防の拠点として重要視され、特に宋の時代には蒙古軍からの防衛の拠点として、重慶城が北の方へ拡大されていきました。明や清の時代には重慶の街が栄えていき、貿易港として経済の拠点になっていきます。

イギリスの領事も重慶に常駐するなど、国際色豊かな街になっていきましたが、日清戦争後、各国の帝国主義の影響で、重慶の街に諸外国の領事館が設置され、侵略の歴史を辿りました。さらに時代を下ると、日中戦争後、首都の南京が陥落してしまったため、中国国民党の蒋介石が重慶に首都を移転させることになります。1938年から1944年まで、中華民国の首都として機能し、臨時政府と中央行政院や数万もの企業と学校が南京から移ってきました。

日中戦争終結後には、中国国民党と中国共産党とが内戦を避けるべく、重慶会談を行なった舞台にもなりましたが、1949年の11月30日に中国人民解放軍によって重慶が中華人民共和国の中央直轄市へとなっていきます。1957年に重慶は直轄市から地方都市へと変更されますが、1997年に重慶が直轄市へと再度変更されました。

現在では、中国国内の都市のうち、5番目の経済規模を誇る大都市となっており、中国経済の要として機能しているのが現状です。古代には軍事の拠点、近代では経済の拠点となっていた重慶には、様々な史跡があるのも魅力の一つなのではないでしょうか。

  重慶のおすすめ観光地 

〜史跡・博物館編〜

約2340年もの歴史をもつと言われる重慶には、様々な史跡があります。史跡には観光案内文やお土産屋など、日頃の中国語学習を生かせる場が多々あるため、中国語の腕試しには最適の場です。勉強した知識で、観光案内文が読めたり、学習した中国語会話のフレーズで注文できたりといった経験ができるという楽しさも歴史と一緒に味わえるのではないでしょうか。

重慶で特に有名な史跡で人気のある場所として、「白帝城」、「豊都鬼城」、「重慶磁器口古鎮」があります。さらに「重慶中国三峡博物館」では、より重慶の伝統、文化を知ることができるでしょう。「白帝城」、「豊都鬼城」、「重慶磁器口古鎮」、「重慶中国三峡博物館」について簡単にご紹介していきます。

 

白帝城 (bái dì chéng)

日本でも人気のある三国志のキャラクター劉備の終焉の地として有名なのが白帝城です三国志好きな日本人からも人気のある観光地で、毎年多くの三国志ファンが訪れています。三峡ダムの完成によって風景は大幅に変わってしまいましたが、群雄の公孫述が築いた古城として、後漢の時代から重慶の歴史の一つとして存在してきました。

また、詩人の李白が『早発白帝城』という詩の中で、白帝城周辺の自然と旅の情緒を歌っています。高校の漢文の教科書にも掲載されたこともある詩なので、多くの方が一度は名前を聞いたことのある観光地なのではないでしょうか。三峡下りの途中にツアーとして組み込まれていることが多く、周りの景観を楽しむだけでなく、色鮮やかに彩色された白帝城内では、中国の文化や歴史を存分に楽しむことができます。

 

豊都鬼城 ( fēng dū guǐ chéng)

重慶市の1県である豊都。豊都は古来より、「鬼城」と呼ばれ、中国国内でも冥界に近いところだと考えられてきた歴史があります。漢代に陰長生と王方平の2人が豊都にある山で仙人修行をしていました。この2人の姓をとって、「陰王」と呼ばれるようになり、さらに派生して「陰の王が住むところ」という解釈になり、「鬼城」と呼ばれ今日に至ります。

日本ではキョンシーのイメージで有名な道教の総本山も豊都県にはあったこともあり、街の観光施設にも冥界をイメージした独特の雰囲気が漂っているのが特徴です。お土産売り場には道教とはあまり関係ない西洋風のお化けのマスクが売っているなど、豊都鬼城の雰囲気にあやかった商売の様子も中国の消費文化を知ることができる場になっています。

中国人の国内観光の場所としても人気があり、国慶節の期間中には大混雑しますので気をつけてください。道教の文化に影響を受けた豊都鬼城の雰囲気を肌で感じることで、中国の多様な文化の歴史も垣間見える場所なのではないでしょうか。

 

重慶磁器口古鎮( chóng qìng cí qì kǒu gǔ zhèn )

1998年に重慶市の重要文化財として認定された重慶磁器口古鎮。古鎮とは、中国語で「古い街」を意味する言葉で、重慶磁器口古鎮は明や清の時代に陶磁器生産と運搬で繁栄していきました。そのことから、「磁器口」という言葉も付け加えられて呼ばれるようになったとのこと。

今では古い街の外観だけでなく、石畳の通路や陶磁器のお土産店、飲食店も立ち並び、観光地として栄えています。観光客だけでなく、地元の方からも愛されている観光スポットで、茶屋や飲食店で地元の方が歓談している様子やお茶芸を楽しんでいる様子も見られる観光地です。

重慶から地下鉄1号線に乗り、30分ほどで、重慶磁器口古鎮の最寄駅「磁器口」に到着します。地下鉄の乗り方や切符の買い方だけでなく、ショッピングや歴史、食事など、普段の中国語会話の勉強の成果を存分に発揮できる観光地なのではないでしょうか。

 

 

重慶中国三峡博物館 ( chóng qìng zhōng guó sān xiá bó wù guǎn )

重慶中国三峡博物館は2005年に中国三峡博物館と重慶市博物館が合併して新たに開館された博物館です。展示内容は、おもに4つのエリアに分けられています。

  1つは、三峡地域の歴史や文化を伝える「壮大な三峡」エリア。

  2つ目は、重慶の起源と発展の道筋を展示する「太古バユ」エリア。

  3つ目は、重慶の都市としての変遷を展示する「都市の道」エリア。

  4つ目として、重慶抗戦の史料を展示する「抗戦歳月」エリアです。

重慶の自然や政治の歴史、日中戦争での様子など、古代から近代にかけて幅広く展示しています。絵画や書画、磁器や硬貨、漢時代の彫刻、中国南西部の伝統衣装なども展示されているため、より重慶地域の文化や歴史を学ぶことができるでしょう。

三峡ダムができる以前の自然の様子の史料もあるため、より深く重慶を知ることもできます。平易な言葉で書かれている説明文も多いため、普段の中国語学習で得た知識を駆使しながら説明文を読んでいくことで、より学習の成果を確認することもできるのではないでしょうか。

 

重慶のおすすめ観光地 

〜仏教・道教史跡編〜

重慶には仏教建築も多数あります。ですが、重慶市政府や中国共産党の政治方針で、全ての宗教を敵対視しているため、多くの仏像や象徴が破壊されたり形を変えさせたりされているのが現実です。今はまだ見られる仏教史跡も今後、中国共産党の政策によって消滅してしまう可能性もあります。仏教建築や仏像が好きな方は、今のうちに観光しておくことを強くおすすめしたいです。

仏教史跡の中にも道教に関する像もあるなど、重慶の宗教や思想の歴史についても知ることができます。重慶の仏教史跡の中でも特に有名な「大足石刻」や「南山石刻」、「宝頂山石刻」、「北山公園」についてご紹介していきましょう。

 

大足石刻 ( dà zú shí kè )

1999年に世界遺産登録された仏教石窟が大足石刻です。9世紀から13世紀までの大乗仏教の石仏だけでなく、道教の神々の像まで彫刻されている点は、非常に興味深いのではないでしょうか。全長31mの釈迦涅槃像や金箔がはられた千手観音菩薩像が有名です。人里離れたところにあったため、保存状態が良く、文化革命時にも破壊されなかった貴重な仏教史跡になります。

約5万体もの摩崖石刻像が41カ所にわたって鎮座している様子は、歴史の大きな流れを感じずにはいられません。仏像だけでなく、当時の生活の様子や人々の様子を刻んでいる箇所もある点も興味深いです。

重慶駅からバスで2時間半ほどですので、是非、普段の中国語会話の練習の成果を実地でのバスチケット購入の際に生かしてみてはいかがでしょうか。

大足石刻の中でも、「北山石刻」や「南山石刻」、「宝頂山石刻」が特に有名ですので、ご紹介していきましょう。

 

北山石刻 ( běi shān shí kè )

山頂に約300mもの間にわたって、石刻群が続いているのが北山石刻の特徴です。4600以上もの数の仏像があり、壮観。石窟の中に仏像が安置されていて、特に「大足石窟の王様」として知られている北山石刻の中でも最大の石窟「転輪経藏窟」が有名です。普賢菩薩が眉目秀麗かつ柔和な表情で人気があり、「東方のヴィーナス」と呼ばれ親しまれています。唐の晩年から南宋の時代まで約200年ほどの彫刻像が一気に見られることでも人気です。

 

 

南山石刻 ( nán shān shí kè )

南山石刻では道教の文化に触れることができます。南山の山頂にあり、玉皇観という古い道教寺院があり、道教の最高神の上清、太清、玉清が祀られているのが特徴的です。柱にも道教色が強く反映されていれ、盤竜柱という柱に龍が巻きついているものもあり、道教の宗教観を堪能できる事間違いなし。こじんまりとした南山石刻は時間もかからず回れるため、ここだけでなく他の史跡をめぐるコースに組みこんで巡る方が多いです。

 

宝頂山石刻 ( bǎo dǐng shān shí kè )

宝頂山石刻は大足石刻の中でも最大の石刻群で、全長500m、1万体以上の石刻が見られます。中でも、釈迦牟尼涅槃図は、幅31m、高さ 6.8mと世界最大級の涅槃仏だと言われており、観光客も多く訪れる観光スポットです。他にも、金箔が貼られた千手観音菩薩や華厳三聖仏像といった人気仏像もあり、絵巻物の中の仏教の世界を見ているようなストーリー性があるのも特徴になっています。保存状態も大変よく、中国の仏教文化を堪能できる観光地として人気があるのが宝頂山石刻です。

 

 

~重慶お勧め料理~

 

重慶の人は辛い食べ物が大好きで特に辛い辛い火鍋を好んで食します。気温が高ければ高い程、食べる人が増える火鍋。激辛の鍋を食べて汗を出し、蒸し暑さで体に籠った熱を吹き飛ばすそうです。今回ご紹介する料理も全て辛い料理です!

重庆火锅 (chóng qìng huǒ guō)

重慶に行って火鍋を食べなければ重慶に行ったと言えないと言わるるほど重慶人にとって欠かせない食事です。山椒とトウガラシがどっさり入ってグツグツ煮えたぎっている本場の激辛スープは、口に入れるとすぐに舌がしびれます。もともとは捨てられていた牛の臓物を匂いを消すために作った料理で非常に庶民的なものだったようです。

 

重庆小面 (chóng qìng xiǎo miàn)

重慶名物の朝ごはんとして知られる激辛麺です。重慶の人々は朝からこの辛い麺を食べるのが一般的です。汁がない混ぜ麺がよく食べられていて、少しの青菜と花椒オイル、ネギ、ラード、唐辛子などを混ぜたタレが麺に絡んで美味しいです。屋台や食堂などで食べる庶民的な料理です。

 

酸辣粉(suān là fěn)

サツマイモでんぷんを主成分とした太い春雨に酢と辣油、春雨に、花山椒やそぼろ、ピーナッツなどをトッピングした激辛料理です。歯ごたえある食感で、食べると口が痺れますが重慶人がこよなく愛する料理の一つです。

 

毛血旺(máo xuě wàng)

鴨(アヒル)や豚の血に塩水を注ぎ粘りが出てきてから蒸して固めたものを中国語で血旺(xuě wàng)=血豆腐と言います。毛は「加工していない、生の」という意味で、毛血旺で加工していない生の血豆腐ということになります。鴨の血、毛肚(牛の胃袋)、黄喉(豚の大動脈)などを原材料とした激辛の伝統料理です。

 

まとめ

重慶についてご紹介していきました。仏教文化だけでなく、道教の文化も色濃く残る街である点も重慶の魅力の一つです。2340年もの歴史をもつ重慶の魅力を堪能しながら、普段の中国語学習の成果を発揮していくのは旅の醍醐味でもありますし、語学学習のモチベーションにも繋がるのではないでしょうか。

観光に公共交通機関、飲食店やお土産屋といった場所で、学習していた中国語が通じた瞬間は最高に嬉しいと思います。重慶の歴史に心奪われながら、日本に帰国後もより中国語学習が進んでいくこと間違いなしでしょう!

 

お勧めレッスン: ビジネス中国語

成语「势如破竹」

 

“池袋中国語コラム”とは・・・

中国語学習者のための”池袋発”中国語学習に役立つコラムです。中国に関することだけでなく様々な話題を中国語を交えて紹介していきます。

【势如破竹】(shi4  ru2  po4  zhu2)

西晋著名将领杜预,向晋武帝建议出兵消灭吴国。许多大臣都反对。杜预坚持说:“我国已经消灭蜀汉,士气正旺。在这个时候攻打吴国,就会势如破竹,顺利无阻。”晋武帝采纳了他的意见,一举消灭吴国,统一了全国。

释义:劈竹子时,头几节劈开后,下面几节也就顺势分开了。形容节节胜利,毫无阻碍。

例句:我校球队在足球场上势如破竹,接连攻进三球。

【势如破竹】・・・破竹の勢い

西晋の著名な将軍である杜預は、晋の武帝に向かって出兵し呉国を滅亡させるよう建議した。多くの大臣はみな反対したが、杜預は頑なに言った。「我が国はすでに蜀漢を滅ぼし、士気は旺盛。まさにこの時に呉国を攻撃すれば、破竹の勢いで阻むものはないでしょう。」晋の武帝は彼の意見を採用し、一挙に呉国を滅ぼし、全国を統一した。

意味:竹を割る時に、頭の数節を割った後、下側の数節が勢いよく割れること。だんだんと勝利し、障害が全くないことを形容する。

例:我が校のサッカーチームは破竹の勢いで、連続して3回ゴールした。