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Category Archives: 成語

日本のことわざの中国での言い方

 

“池袋中国語コラム”とは・・・

中国語学習者のための”池袋発”中国語学習に役立つコラムです。中国に関することだけでなく様々な話題を中国語を交えて紹介していきます。このカテゴリーでは中国語の故事成語をご紹介しています。

【日本のことわざの中国での言い方】

故事成語をはじめとした中国発祥の格言やことわざは日本にも多く伝わっています。中国古代の『史記』や『三国志』などに記された出来事がもとになってできた物で、私たち日本人でも小学生からこういったことわざを学びます。いずれも中国の長い歴史に根ざした古代人の知恵や道理があり現代でも非常に参考になるものです。今日は日本でもよく知られたことわざが中国ではどのような表現をするか見ていきましょう。

 

「石橋をたたいて渡る」 
摸着石头过河 / mō zhe shí tou guò hé
例:和想到就做的爸爸比,妈妈属于摸着石头过河的性格。
  思いつきで動くお父さんに比べて、お母さんは石をたたいて渡るような性格だ。

 

「井の中の蛙大海を知らず」
井底之蛙 / jǐng dǐ zhī wā
例:我们要多出去看看外面的世界,不能做一只井底之蛙。
  私たちはもっと外の世界を見に行くべきです。そうではなければ井戸の中の蛙大海を知らずです。

 

「馬の耳に念仏」
对牛弹琴 / duì niú tán qín
例:不管我怎么说明,对学习没有兴趣的他来说,简直就是对牛弹琴。
私がいくら説明しても、勉強に興味がない彼には、馬の耳に念仏です。

 

「壁に耳あり障子に目あり」
隔墙有耳 / gé qiáng yǒu ěr
例:我悄悄告诉朋友的事情一下子就传开了,真的是隔墙有耳。
  友達にこっそり教えたのに壁に耳あり障子に目ありです。いつの間にかみんなが知っていました。

 

「口は禍の門(かど)」
祸从口出 / huò cóng kǒu chū
例:祸从口出,说什么话都要谨慎。
口は禍の門なのだから、何か言うにしても言葉選びは慎重にすべきです。

 

「三人寄れば文殊の知恵」
三个臭皮匠顶个诸葛亮 / sān gè chòu pí jiàng dǐng gè zhū gě liàng
例:一个人想不出来,但是三个臭皮匠顶个诸葛亮,肯定可以想出很好的办法。
一人では思い浮かばなかったが、三人寄れば文殊の知恵という言葉の通り、素晴らしいアイデアが生まれます。

 

「朱に交われば赤くなる」
近朱者赤,近墨者黑 / jìn zhū zhě chì , jìn mò zhě hēi
例:近朱者赤近墨者黑。你还是不要和那个人玩比较好。
朱に交われば赤くなる。あの人と遊ぶのをやめたほうがいいです。

 

「過ぎたるはなお及ばざるが如し」
过犹不及 / guò yóu bù jí
例:连日的高强度工作把身体搞坏了,真真切切地感受到了过犹不及。
連日のハードワークで体を壊してしまい、「過ぎたるは猶及ばざるが如し」を痛感しました。

 

「千里の道も一歩から」
千里之行始于足下 / qiān lǐ zhī lù shǐ yú zú xià
例:古人说“千里之行,始于足下”,你还是从零开始踏踏实实地开始吧。
  千里の道も一歩から。あなたはやはりゼロから着実にスタートしましょう。

 

「遠くの親戚より近くの他人」
远亲不如近邻 / yuǎn qīn bù rú jìn lín
例:多亏邻居王大妈的帮忙这件事情才得以顺利解决,真是远亲不如近邻啊!
  隣の王おばさんが手伝ってくれたおかげで、この件は順調に解決できました。本当に遠くの親戚より近くの他人です。

 

「虎の威を借りる狐」
狐假虎威 / hú jiǎ hǔ wēi
例:他只是董事长身边的司机,却常狐假虎威地命令别人。
  社長の運転手はいつも他人に命令を出します。まるで虎の威を借りる狐です。

 

「火に油を注ぐ」
火上浇油 / huǒ shàng jiāo yó
例:你不要火上浇油了,我已经够难过了。
  私はもう十分悲しいから、あなたは火に油を注ぐようなことをしないでください。

 

「百聞は一見にしかず」
百闻不如一见 / bǎi wén bù rú yī jiàn
例:百闻不如一见,只有亲眼见到了长城,才知道它有多雄伟。
  百聞は一見にしかず。万里の長城を自分の目で見ない限り、どんなに雄大であるかを知ることができません。

 

「良薬は口に苦し」
良药苦口 / liáng yào kǔ kǒu
例:良药苦口利于病,你还是忍耐着点,喝下去吧!
  良薬は口に苦し。我慢して飲んでください。

 

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百感交集

 

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百感交集(bǎigǎnjiāojí)

西晋时期,由于社会动荡不安,有个名叫卫玠的人准备到南方居住。在即将渡过长江时,卫玠忽然神情忧郁起来,对家人说:“见到这茫茫江水,我的心里百感交集,难以平静。”由于体弱多病,卫玠年仅二十七岁就死了。

释义:形容心情复杂,感慨万千。交:一齐,同时

例句:看到电视报道中地震灾区各种人的不同行为,我百感交集

 

【百感交集】・・・万感胸に迫る思いである

 

  西晋時代、社会の動揺と不安のため、衛玠という人が南方に住むことを計画した。長江を渡ろうとすると、衛玠は急に憂鬱な顔をして、家族に言った:「この茫漠とした川を見て、私は複雑な気持ちを持っていて、落ち着かない。」体が弱く病気が多いので、衛玠はわずか二十七歳で死んだ。

意味:複雑な気持ちで感慨深いことを表す。交:一斉に、同時に

例:地震の被災地の様々な人々の異なる行為をテレビの報道で見た後、私は万感胸にせまった

 

 

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百闻不如一见

 

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百闻不如一见(bǎiwénbùrúyíjiàn)

西汉宣帝时期,羌人入侵,七十六岁的老将赵充国自愿领兵出征。宣帝问他要多少人马,赵充国说:“百闻不如一见,我想亲自到边疆去察看敌情,再制定御敌计划。”赵充国到达边疆后,深入了解敌人情况,然后制定屯兵把守的战略,最终击退了羌人。

释义:听一百次不如亲眼见一次,引申为听得再多也不如眼见可靠

例句:早就听说阿里山风光明媚,这次前去浏览,果然百闻不如一见,不虚此行

 

【百闻不如一见】・・・百聞は一見にしかず

 

  西漢の宣帝時代、羌人が侵入し、七十六歳の老将:趙充国が自ら兵を率いて出征した。宣帝は彼にどれくらいの人馬がほしいかと聞いたが、趙充国は「百聞は一見にしかず、私は自分で辺境に行って敵情を観察し、敵を防ぐ計画を立てたい」と言いました。趙充国は辺境に到着した後、敵の状況を深く理解し、屯兵の守備戦略を制定し、最後に羌人を撃退した。

意味:百回聞くより自分の目で見たほうがいい。いくら聞いても目に見えるほど頼りになるものではない。

例:阿里山は風光明媚だと早くから聞いていたが、今回は実際に見に行ったが、やはり百聞は一見にしかず、旅が無駄にならなかった。

 

 

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独当一面

 

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独当一面(dúdāngyímiàn)

 楚汉相争时,刘邦曾被项羽打败。当时,刘邦逃到下邑(今安徽砀山西),气冲冲地说:“只要有人能帮我打败项羽,我愿意把函谷关以东的土地拿出来作为奖赏。”张良献计说:“大王可以联络黥布和彭越,让他们进攻项羽。至于大王手下的将领,只有韩信可以独当一面,大王如果重用他,一定可以获胜。”刘邦听从了张良的建议,最终击败了项羽。

释义:指一个人能够独立担当某方面的工作。当:担当

例句:经过一番努力,他已经有足以独当一面的实力了

 

【独当一面】・・・単独である分野の責任者となる.(一人が)ある分野の仕事を任せられる.

 

        楚漢が争った時、劉邦は項羽に敗れたことがある。当時、劉邦は下邑(今安徽砀山の西側)に逃げ、「項羽を負かしてくれる人がいれば、函谷関以東の土地を賞として出したい」と怒って言った。張良は「王は黥布と彭越に連絡して項羽を攻撃させることができます。また王の部下の将軍については、韓信だけが単独で責任者となることができ、王が彼を重用すれば、必ず勝つでしょう」と献策した。劉邦は張良の提案に従い、ついに項羽を破った。

意味:一人である分野の仕事を担当できること。当:担当する

例:努力した結果、彼はもう一人前の実力を持っている

 

 

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奉公守法

 

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【奉公守法】(fènggōngshǒufǎ)

春秋时,赵国有个叫赵奢的官吏,负责收取田税。一次,赵奢到平原君赵胜家收税,不料赵胜的管家仗势欺人,拒绝缴纳税款。赵奢并不害怕权贵,依照法令处死了闹事者。赵胜知道这件事以后,气得七窍生烟,扬言要让赵奢抵命。赵奢马上去见赵胜,真诚地说:“您是朝廷重臣,如果奉公守法,按照法律缴纳税款,百姓们也会以您为榜样,按时缴税。这样国家才会富强。”赵胜听了这些话十分惭愧,再也不想报复赵奢了。

释义:指奉行公事,遵守法令。

例句:我们要做奉公守法的公民就必须认真学习法律知识。

 

【奉公守法】・・・公務をきっちりと遂行して、法をしっかりと守ること

 

春秋の時、趙国には趙奢という官吏がいて、地税の徴収を担当した。ある時、趙奢は平原君:趙勝の家に行って税金を徴取したが、意外にも趙勝の執事は権力を笠に着て人をいじめて、税金の納付を拒否した。趙奢は権力者を恐れず、法令に基づいて騒ぎを起こした人を処刑した。趙勝はこのことを知ってから、非常に怒っていて、趙奢に命を償わせると脅かした。趙奢はすぐに趙勝に会いに行って、誠実に言った:「貴方は朝廷の重臣で、もし公事を重んじ法律を守って、法律によって税金を納めれば、庶民たちも貴方を手本にして、時間通りに税金を納めます。このようにして、国は強くなります。」趙勝はこの話を聞き、とても恥ずかしくなり、もう趙奢に報復したいと思いませんでした。

意味:公務を実行し、法令を遵守すること。

例:私たちが法を守る公民になるには、法律の知識を真剣に学ばなければならない。

 

 

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奋不顾身

 

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奋不顾身(fènbúgùshēn)

汉武帝时,有一个叫李陵的将领在与匈奴的战斗中被俘。消息传来,汉武帝十分生气,认为李陵已经背叛了自己,向匈奴投降。太史令司马迁说:“李陵孝敬父母,爱护士兵,为了保卫国家奋不顾身。所以,我认为李陵并没有背叛陛下,向匈奴投降。”然而汉武帝并不相信司马迁的话,反而处死了李陵全家。李陵知道这件事以后,悲愤万分,这才投降匈奴。

释义:奋勇向前,不顾个人安危。

例句:他们奋不顾身地进入森林寻找那个迷路的孩子。

 

【奋不顾身】・・・身の危険を顧みず奮闘する,身命をかけて戦う

 

漢の武帝の時、李陵という将軍が匈奴との戦いで捕虜になった。その知らせが来たとき、漢の武帝は李陵が自分を裏切って匈奴に降伏したと思い、とても怒っていた。太史令の司馬遷は「李陵は親に孝行し、兵士を愛護し、国を守るために身を惜しまなかった。だから、李陵は陛下を裏切って匈奴に降伏したわけではないと思う」と述べた。しかし漢の武帝は司馬遷の言葉を信じず、李陵一家を処刑した。李陵はこのことを知ってから、悲憤の極みで、匈奴に降伏した。

意味:勇ましく前へ進み、個人の安否を顧みない

例:彼らは身の危険を顧みず、森に入ってその迷子を探している

 

 

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分道扬镳

 

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分道扬镳(fēndàoyángbiāo)

北魏孝文帝很赏识一个叫元志的年轻人,并封他为洛阳县令。元志很有才华,但也十分骄傲。有一次,他外出游玩,恰巧遇见御史中尉李彪。元志故意不让路,李彪气愤地说:“我的官比你大,你怎么敢挡我的道?”元志说:“洛阳是我管辖的地方,凭什么给你让路?”两人一直吵到孝文帝面前,孝文帝觉得他俩都有各自的理由,于是笑着说:“洛阳是我的京城,你们俩分道扬镳不就是了吗?”

释义:各走各的路,比喻各奔前程。扬镳:举起马鞭驱马前进。

例句:天下无不散筵席,我们在此分道扬镳,互道珍重吧!

 

【分道扬镳】・・・各自が自分の選んだ目標に向かって前進する.それぞれ異なった道を歩む

 

  北魏の孝文帝は元志という若者を高く評価し、洛陽県令に封じた。元志は才能があるが非常に傲慢で、ある時、彼は遊びに出かけたが、ちょうど御史中尉の李彪に出会った。元志はわざと道を譲らないで、李彪は怒って言った:「私の官はあなたより大きくて、あなたはどうして私の道を遮ることができますか?」元志は「洛陽は私の管轄する地方で、どうしてあなたに道を譲りますか?」と言った。二人はずっと孝文帝の前でけんかをして、孝文帝は二人ともそれぞれの理由があると思って、そこで笑って言った:「洛陽は私の国都で、お前たち二人はそれぞれ別れて別の道を進めばよいのではないか?」

意味:それぞれ各自の道を歩む。それぞれの未来へ行くことを例えます。扬镳:鞭をあげて馬を前進させる。

例:天下には別れない宴席がない。私たちはここで別れて、互いにお大事にと言いましょう!

 

 

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害群之马

 

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【害群之马】(hàiqúnzhīmǎ)

有一次,黄帝到具茨山去,却在半途迷了路。这时,一个牧马的男孩走过来,为他指明了路径。黄帝觉得这个男孩十分聪明,于是问他:“你知不知道怎么治理天下?”男孩说:“治理天下和牧马没有什么不同,只要把危害马群的劣马驱逐出去就可以了。”皇帝十分惊奇,称这个男孩为“天师”,恭恭敬敬地向他拜了几拜,才转身离去。

释义:危害马群的劣马。比喻危害集体的人

例句:对危害社会的害群之马,我们决不能姑息

 

【害群之马】・・・集団に害を及ぼす者,大勢の人の迷惑になる者

 

   ある時、黄帝は具茨山に行ったが、途中で道に迷った。この時、馬飼いの男の子が歩いてきて、道を教えてくれた。黄帝はこの男の子がとても頭がいいと思って、そこで「あなたはどのように天下を治めることを知っていますか?」と尋ねた。男の子は「天下を治めることと馬飼いとは何の違いもなくて、馬の群れに危害を及ぼす劣馬を駆逐すればいいのですよ。」と述べた。皇帝は非常に驚いて、この男の子を「天師」と呼んで、恭しく彼を何度も拝んで、やっとのことで振り向いて立ち去った。

意味:馬の群れに危害を及ぼす劣馬。集団に害を及ぼす人の例え

例:社会に危害を及ぼす害群の馬に対して、私たちは決して甘やかしてはいけない

 

 

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鸿鹄之志

 

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【鸿鹄之志】(hónghúzhīzhì)

秦朝末年,朝政腐败,百姓们生活在水深火热之中。当时有个叫陈胜的人因为家境贫寒,整天为有钱人干活。一天,雇农们谈起生活的艰苦,都十分气愤,但又无可奈何。陈胜却说:“虽然我们现在受苦,但将来也有可能富贵。到时候谁也不要忘记谁。”其他人笑了起来:“你也是个雇农,哪来的富贵呀?”陈胜不禁叹气说:“唉,燕子和麻雀怎么知道鸿鹄的志向呢?”后来,陈胜在大泽乡起义,成为中国历史上第一次农民大起义的领袖。

释义:比喻一个人有远大的志向和抱负。鸿鹄:天鹅。因为飞得很高,所以用它来比喻远大的志向

例句:他虽然家境贫困,却从小立下鸿鹄之志,发誓将来一定要出人头地

 

【鸿鹄之志】・・・大人物の志、遠大な志のこと

 

秦の末年、朝政は腐敗し、庶民たちは悲惨な状況の中で生活した。当時、陳勝という人は家が貧しいので、一日中金持ちのために働いていました。ある日、雇われた農民たちは生活の苦しみについて話して、とても怒っていたが、仕方がなかった。陳勝は「私たちは今、苦労しているが、将来的には富貴になる可能性もある。その時、誰もがみんなを忘れないでください。」と話した。他の人は笑って言いました:「あなたもただの雇われた農民で、どこから来た富貴だい?」陳勝は思わずため息をつき:「ああ、ツバメやスズメのような小さな鳥がどうして鴻鵠(白鳥)の志を知るだろうか?」その後、陳勝は大沢郷で蜂起し、中国史上初の農民大蜂起の指導者となった。

意味:人には遠大な志と抱負があることを例えます。鴻鵠:白鳥。高く飛んでいるので、遠大な志のたとえに使います。

例:彼は家が貧しいにもかかわらず、小さい頃から鴻鵠の志を立てて、将来必ず出世すると誓った。

 

 

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平易近人

 

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【平易近人】(píngyìjìnrén)

周武王建立西周王朝后,把天下的土地分封给功臣。周公的封地在曲阜,他让儿子伯禽去管理,足足用了五年时间才取得成效;而姜尚被封在齐地,他按照当地风俗施行法令,只用了五个月就把齐地治理得很好。周公对此评论说:“法令平和,百姓才会接受。我的儿孙不懂得这个道理,以后都会当齐国的臣民。”

释义:原指法令平和,容易让百姓接受。现指态度和蔼,使人乐于接近。

例句:我们班的张老师很平易近人,和蔼可亲。

 

【平易近人】・・・(人柄が)親しみがあって近づきやすい,ざっくばらんである

 

周の武王は西周王朝を樹立した後、天下の土地を功臣に分封した。周公の封地は曲阜にあり、息子の伯禽に管理させ、五年もかけてやっと成果を収めた。姜尚は斉地に封じられ、地元の風習に従って法令を施行し、五ヶ月で斉地をよく管理した。周公はこれについて、「法令が穏やかで、庶民が受け入れることができる。私の子孫はこの道理を知らないので、これから斉国の臣民になるだろう」と評論した。

意味:もともとは法令が穏やかで、庶民に受け入れられやすいことを指す。今は態度がやさしくて、人々が喜んで近づけることを指す。

例:私たちのクラスの張先生はとても親しみやすくて、やさしいです。

 

 

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