| “池袋中国語コラム”とは・・・ |
中国語学習者のための”池袋発”中国語学習に役立つコラムです。中国に関することだけでなく様々な話題を中国語を交えて紹介していきます。このカテゴリーでは、中国の文化・流行を紹介しています。語学を勉強するにはその国の文化を理解することも必須です。中国文化を知ってより中国語を楽しみましょう!
【知れば深い「竹」の世界——竹にまつわる中国語の成語と文化】
日本では、竹は人々の暮らしに深く根付いた、身近で親しみのある植物です。京都・嵐山の美しい竹林や、茶道で用いられる竹製の道具、さらにはお正月飾りの「松竹梅」など、竹は古くから吉祥や生命力、そして自然の美しさを象徴する存在として親しまれてきました。
一方、中国において竹は、単なる植物ではありません。竹は文化の象徴であり、理想的な人格を表す存在でもあります。中国語には竹に由来する言葉や成語が数多く存在します。
胸有成竹(xiōng yǒu chéng zhú)

北宋時代の画家・文同(字は与可)が竹を描いた故事に由来します。文同は竹を描く前に、いつも竹の姿や形を細かく観察していました。真夏の炎天下でも、嵐の日でも竹林に足を運び、風雨に打たれる竹の姿を目に焼き付けたといいます。そのため、筆を取る時には、すでに心の中に完成した竹の姿が浮かんでいたのです。
この成語は、蘇軾(そしょく)の『文与可画筼筜谷偃竹記』にある「故画竹,必先得成竹于胸中(竹を描くには、まず心の中に完成した竹を持たねばならない)」という一節に由来します。また、詩人・晁補之(ちょうほし)が詠んだ「与可画竹时,胸中有成竹」という句からも、この成語が広まったとされています。
「胸有成竹」は、何かを行う前に十分な準備ができていて、成功への確かな自信や見通しを持っていることを表す成語となりました。
勢如破竹(shì rú pò zhú)/破竹の勢い

「破竹」とは、刀で竹を割ることを意味します。竹を割る時、最初の一節を刀で割ることができれば、その後は刃の通った方向に沿って、竹が次々と裂けていきます。
古人はこの様子から、軍隊が勢いに乗り、誰にも止められないほど強いことや、物事が非常に順調に進むことを表すようになりました。
現代でも、「破竹の勢い」は、一気に前進し、何ものにも妨げられない発展の勢いを表す言葉として使われています。
青梅竹馬(qīng méi zhú mǎ)

「竹馬(ちくば)」とは、古代の子どもたちが竹の棒を馬に見立てて乗って遊んだ遊びのことです。「青梅(せいばい)」とは、まだ熟していない青い梅の実を指します。
この成語は、唐の大詩人・李白の五言古詩『長干行』に由来します。
郎騎竹馬来,繞床弄青梅。
同居長干里,両小無嫌猜。
「あなたは竹馬に乗ってやって来て、井戸端をぐるぐる回りながら青梅を手にして遊んだ。私たちは同じ長干里に住み、幼い二人には何の隔てもなかった」——夫の帰りを待つ女性が、幼き日の思い出を回想する場面です。
その後、「青梅竹馬」は幼い頃から一緒に育った幼なじみ、特に純粋で親しい男女の関係を表す美しい言葉として使われるようになりました。
なお、この言葉は男女間に使うもので、同性の幼なじみには「総角之交(zǒng jiǎo zhī jiāo)」という別の表現を用います。日本語では「青梅竹馬」という四字熟語はあまり使われませんが、「竹馬の友」という表現が幼なじみを指す言葉として定着しています。
節外生枝(jié wài shēng zhī)

竹の盛り上がった部分は「節」と呼ばれ、竹の枝や葉はそこから伸びていきます。そこから、「節の外からさらに枝が生える」という意味で、「節外生枝」という成語が生まれました。
本来は順調に進んでいた物事に、予想外の問題や余計なトラブルが突然発生することを表します。日本語では「横やりが入る」「余計な問題が起こる」「話がこじれる」などに近い意味で使われます。
「節」が象徴するもの——中国文化における竹の精神
中国文化では、竹の最も尊い特徴は「節(ふし)」にあると考えられています。竹は一節一節、上へ向かって成長していきます。それぞれの節は、竹を支える力であると同時に、区切りや境界を示すものでもあります。
そのため、「節」に関係する多くの言葉が生まれました。「節」は、もともとの竹の節という意味から次第に、「原則」「ほどよい加減」「信念や人格を守ること」という意味へと広がっていきました。
- 節倹(jié jiǎn)——無駄遣いをせず、物を大切にすること
- 節制(jié zhì)——自分を律し、度をわきまえること。何をすべきか、何を控えるべきかを理解すること
- 貞節(zhēn jié)——自分の操(みさお)や信念を守ること(古くは主に女性に対して使われた言葉)
これらの言葉はそれぞれ意味は異なりますが、共通しているのは「自分自身の境界線を理解し、欲望や行動を適切にコントロールすること」です。
まとめ
竹は中が空洞になっていることから謙虚さを象徴し、一年を通して青々としている姿は強い生命力や忍耐力を表します。また、「折れることはあっても決して曲がらない」という性質は、節操や揺るぎない信念を象徴しています。そして、一節一節まっすぐ上へ伸びていく姿は、絶えず成長し向上していく精神を表しています。
竹は単なる植物ではなく、中国文化において人の理想的な生き方や精神性を映し出す存在です。その姿に込められた「謙虚・節操・向上心」という美徳は、今もなお多くの人々に受け継がれています。