fbpx
 

池袋中国語コラム 万里長城

今回のコラムでは世界的にも有名な「万里長城」について紹介したいと思います。中国と言えば万里の長城と言ってもいいほどそのイメージが強いですね。日本=富士山のように、中国=万里の長城というイメージが浸透しています。北京に行かれる方は是非観光にいってほしいお勧めの場所です。

长城

长城始建于2000多年前的春秋战国时期,秦朝统一中国之后连成万里长城。今天人们看到的是明代的长城,全长约6000多公里。长城是人类建筑史上罕见的军事防御工程,是中华民族的象征。到北京的人一般都要去长城游览。‘‘不到长城非好汉’’已经成了很多游人的一句豪言壮语。

 

万里の長城

長城が建て始められたのは2000年以上前の春秋戦国時代の頃で、秦王朝が中国を統一した後に繋がって万里の長城となりました。今日の人々が見ることができる長城は明代のもので全長約6,000km以上あります。長城は人類の建築史上でも稀に見る軍事防御の壮大な工事で、中華民族の象徴です。北京に来る人は皆長城を見に行きます。「長城を見ないと立派な男とは言えない」は多くの旅人の気概のこもった一言になっている。

长城

 

孟姜女的故事

    从前,陕西同官县有一户姓姜的人家种了一架葫芦,架上有一枝蔓爬到了邻居孟员外家的院子里,结了一个挺好看的大葫芦。两家都想要这个葫芦,哪知道用刀把葫芦一切开,从里面跳出来一个漂亮的小姑娘。给孩子起个什么名字呢?两家人一合计,觉得这是两家共同的后代,就决定给孩子起名叫孟姜女。

むかしむかし、隴西省同官県に姜という姓の家があり瓢箪を植えていた。その蔓は成長し隣の家の孟員外の家の庭まで伸びていましたが、その先でとても大きく素晴らしい瓢箪が実っていました。両方の家はどちらもこの瓢箪をほしがったので、包丁を持ってきてその瓢箪を割ると、意外にも中から一人の美しい娘が出てきました。この子に何と名前をつけてあげようか?両家の人々は一考し、この両家共同の子孫として、孟姜女と名付けました。

孟姜女

一晃十几年过去了,孟姜女长成一个聪明漂亮的大姑娘,当时,秦始皇正在到处抓壮丁修建长城。苏州有个书生叫范杞梁,他听说秦始皇到处抓人做工,心里非常害怕,就更名改姓,急忙外出逃生。这天晚上,范杞梁逃到孟员外家的后花园,正好赶上孟姜女带着丫鬟在乘凉。她看到树后藏着一个人,叫出来一看,是个年轻的书生,品貌出众,心中就产生了几分爱意。后来听了范杞梁详细的叙述,对他更加怜惜。于是,孟姜女来到孟员外跟前,一五一十地说了事情的全部经过。孟员外就让范杞梁做了上门女婿。

またたく間に十数年が過ぎ、孟姜女は賢く美しい娘へと成長しました。当時、秦の始皇帝がいたる所で年頃の男たちを捕まえ、長城の修理をさせていました。蘇州に範杞梁という書生がおり、彼は始皇帝がいたる所で人を捕え無理やりに働かせていると聞き、内心とても恐ろしくなり、名前を変え逃げようとしました。この夜、範杞梁は孟員外の裏庭に逃げ着き、孟姜女が女中と一緒に涼んでいるところにばったりと出くわしました。彼女は木の後ろに隠れる範杞梁に出てくるように言うと若い書生で容貌が優れているので、一目見るやいなや好意を抱きました。その後、範杞梁の詳しい話を聞くとさらに可哀そうに思い、そして孟員外の前に行き、一部始終を話しました。孟員外は範杞梁を娘婿とすることを決めました。

但是过了不久,范杞梁就被人发现了,县官下令让他去修长城。 范杞梁被抓走后,孟姜女非常思念丈夫,她天天盼着丈夫回来,可是一点儿范杞梁的消息也没有,她心里十分痛苦。春去秋来,转眼就到了十一月。天气越来越冷,孟姜女想到丈夫走时还穿着单衣,很为他担心,就决定去给丈夫送冬天的衣服。她告别了家人,向北方走去。她不清楚丈夫在哪儿,只知道是在北方。她想只要方向不错,就一定能走到丈夫修长城的地方。

しかし、長いことなく範杞梁は人に見つかってしまい、県の役人から長城の修理に行くよう命令が下りました。範杞梁が捕まり連れて行かれてから、孟姜女は夫のことを非常に心配し、夫が帰ってくることを毎日待ち望んだが、範杞梁の消息は少しも分からず、彼女はとても苦しみました。春が過ぎ秋が来て、またたく間に11月になりました。気候はますます寒くなり、孟姜女は夫が連れて行かれた時、薄着であったため非常に心配し、夫に冬用の服を届けることを決めました。彼女は家族に別れを告げ、北へ向かって行きました。彼女は夫がどこにいるのか定かでなく、ただ北の方にいるということだけ知っていました。彼女は方向さえ間違っていなければ、必ず夫が修理する長城にたどり着けると思いました。

始皇帝長城工事

一路上,孟姜女跋山涉水,经历了千难万险,终于来到了长城附近,但怎么都打听不到丈夫的下落。孟姜女感到痛苦而又绝望,就坐到长城边上大哭起来,一连哭了三天三夜,哭得天昏地暗,鬼神动容。她哭着哭着,突然听到“轰隆”一声巨响,原来是八百里长城都被她哭倒了。长城脚下,赫然露出了她丈夫范杞梁的尸体。孟姜女哭着扑了过去,给他穿上了自己亲手做的棉衣,然后一头撞死在丈夫旁边的山石上。

道すがら、孟姜女は山を越え川を渡り、千難万苦を経験し、やっとのことで長城付近へと到着しました。何をどう聞いても夫の行方は分かりませんでした。孟姜女は苦痛と絶望で長城の上にしゃがみこみ大声で泣き出しました。泣き出すや三日三晩、火がついたように泣くので、それが神々の心を動かしました。彼女が泣いていると突然、“どかん”と大きな音がして八百里ある長城が彼女の鳴き声でなぎ倒されました。長城の足元から突然、彼女の夫・範杞梁の亡骸が出てきました。孟姜女は夫の体に覆いかぶさり泣き続けると、夫に自ら作った綿の服を着させ、その後、傍らの石に頭を打ち付け夫の横で息絶えました。

后世的人们有感于孟姜女与范杞梁之间的忠贞爱情,以及对秦始皇修长城而给老百姓带来的痛苦非常不满,所以一直把这个故事传诵下来。现在,在河北省秦皇岛市附近的山海关长城,还有一座姜女庙呢。

後世の人々は孟姜女と範杞梁の忠節と愛情に感じ入り、また始皇帝の長城修理が民百姓たちに苦痛を与えていることに大きな不満を持っていたので、この故事はずっと語り継がれてきました。現在、河北省の秦皇島市の付近の山海関長城に孟姜女の廟が残されています。

孟姜女庙

 

 

トップに戻る