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池袋中国語コラム 中国一線都市紹介~広州~

 

“池袋中国語コラム”とは・・・

中国語学習者のための”池袋発”中国語学習に役立つコラムです。中国に関することだけでなく様々な話題を中国語を交えて紹介していきます。このカテゴリーでは、中国赴任や出張などビジネス向けの方にお勧めの情報・ノウハウを提供しています。

【食は広州にあり:広州】

美食、近代的かつ伝統的、広東文化と西洋文化が並存した包容力のある都市

「食在広州」(shí zài guǎng zhōu)という言葉は有名ですが、この言葉通り、広州と言えば、食というイメージが強いかもしれません。では広州が中国で閉鎖されたことのない中国最古の対外貿易港であることはご存知ですか?

広州は、いまでも国際貿易の中心地で、外国の文化に柔軟な都市です。それだけではなく近年急速に発展している大都市でもあります。「各地から人々がここに集まり、各地の美食が揃っており、現代的な高層ビルと古き良きの村、広東文化と西洋文化が並存していて包容力のある都市」地元の方にとって、広州はこんなイメージがあるそうです。また人柄については、「全体的な雰囲気は親切で優しい」イメージがあるそうです。

 

広州概要

広州は中国国内では、北京市、上海市に次いで三番目に大きい都市です。広東省の首都であり、政治、経済、技術、教育、文化の中心地、重要な国家の中心地、国際貿易の中心地です。

とくに2010年11月に広州で開催されたアジア大会をきっかけに急速な発展を続け,道路整備や地下鉄建設などが現在も急ピッチで進められるなど,街は活気にあふれています。また2200年以上の歴史を持つ「シルクロード」の起源で、閉鎖されたことのない中国最古かつ唯一の対外貿易港でもあります。いまでも毎年,4月と10月に中国出口商品交易会が開かれ,期間中は,世界各国から数万人の商人が訪れます。

 

地理

北緯23度7分、東経113度13分で、時差は日本時間に対し中国全土-1時間です。北回帰線の緯度が北緯23度26分なので亜熱帯と熱帯の境目の熱帯側に位置しています。また、夏至の日の正午には太陽は真上に来るので影が全く無くなります。

 

気候

広州は亜熱帯季節風気候です。年平均気温は21.5℃〜22.2℃、最高気温は30℃を超え、最低気温は11℃です。また平均湿度は77パーセント、年平均降水量は1800mm以上、年間降水日数は約150日となり、夏は高温多湿で激しいスコールと雷があり、冬は低温少雨で零下にはならない暖冬が特徴です。

湿気が高い時期は、衣類などは収納場所や収納方法によっては、カビてしまうこともあるくらいです。日本の四季と比べると,春と秋が無く,いきなり夏から冬へと変わる感じです。広州は、1年を通じて温暖なため,四季を通じて花や緑にあふれており、「花城」と呼ばれることもあります。

 

服装は4月~10月は夏服、そして11月~3月は秋服・冬服の準備が必要です。冬服は一年に数回訪れる寒波に備えます。11 月から1 月は雨が最も少なく,気温も15~20℃と,一年間の中で一番過ごしやすい時期です。

しかし,2月は気温以上に寒く感じます。暖房器具を置く家庭、オフィスは多くないため、地元の方はセーターを着たりして、防寒対策をしています。

 

言語

広州では,中国の共通語である「普通話」(pǔ  tōng  huà)と,香港を含めた広東省付近で使われている「広東話」(guǎng  dōng  huà)が混在しています。人々が日常使っているのは「広東話」ですが,学校教育で「普通話」を使っているため,ほとんどの人は普通話を話すことができます。また,広州市民は香港のテレビを見たり,新聞・雑誌を読んだりするなど、香港との結びつきが強いです。

 

食文化

広州と言えば広東料理ですが、その中でも飲茶は広州発祥です。中国の言葉「食在広州」(shí zài guǎng zhōu)という言葉を聞いたことがあるかもしれませんが、広州では、四足は椅子と机以外、飛ぶものは飛行機以外、二つ足は親以外の物は食べるという言葉もあります。

それはそれくらい食に対する強いこだわりがあることを表しており、その言葉通り、広州では食材の種類が非常に豊富です。鳩・蛙・ロバ・犬・猫といった日本では見られない肉が市場で食用として売られています。また西瓜を一年中食べることができるほど,南国フルーツにも恵まれています。

 

歴史

広州が設立したのは2000年以上も前で、秦の始皇帝が中国統一した際に、広州に南海郡番禺県という行政機関を設置したのが始まりです。その後、秦がほろんだ際に独立し、南越国という国を立ち上げましたが、広州ではこの南越国の遺跡が数多く残っており、南越王の墓や金印は広州での人気な観光地のうちの一つです。

広州は海外貿易の中枢として、海のシルクロードの起点として、異国の文化を受け入れながら、自国の文化との橋渡しとして、発展していきました。清代には鎖国政策により、広州に貿易が制限され、長崎のような役割を担う重要な防御拠点となりました。

しかし中国で唯一の貿易港となった広州に密輸アヘンが流れ込み、1841年アヘン戦争で英国軍に占領され、司令部が置かれるなど欧米に侵略されてしまいます。近代には 辛亥革命の拠点となり、1921 年孫文は越秀山南麓にあった督練公所で中華民国の非常大総統に就任しました。

中華人民共和国成立後、広州は中国を代表する都市として目覚ましい発展を遂げています。

 

人柄

広州の街と言えば「日々変化を遂げるスピード感のある街並みが目立つ一方で、正反対の緩やかなゆったりとしてテンポを感じることのできる伝統文化。両方の側面がまさしく広州という街を形作っている」という印象があるそうです。

それに対して、広州人は、一般的なものだと,「商人の街」「金儲けの街」から転じて「ずる賢い」といったイメージまであるかもしれませんが、実際は、人あたりが良くて,接しやすい,という印象だそうです。例えば自分の主義主張を強く打ち出して話を引っ張るというよりも,自分の意見は脇に置いておいて婉曲的に話をするようなところがあるようです。

また着るものも,話す内容も,庶民目線で,気安く付き合えるのが特徴だそうです。仲良くなったら,名刺や肩書ではなく人間としての付き合いが始まるようなところもあります。

こういった印象は「どちらかというと大人しい」、「皆がなんとなくゆったりしている」、「おおらか」、「なんとなく『フワッ』としていてやさしい雰囲気」、「全体的な雰囲気は親切で優しい」というように、広州在住の日本人に共通しているようでした。

また「広州人は、非常に海外に向かって目が向いていて、日本を含め外国人に対してもほとんど特別視することなく、普通に付き合ってくれている」というような、国際貿易で発展してきたという長い歴史から,よそ者が受け入れやすいという印象もあるそうです。

 

おすすめ観光地

広州の歴史は2000年以上と古く、一度も閉鎖したことのない中国唯一の港町として異国の文化を受け入れながら発展していきました。そうした歴史も残しつつ、近年、急速な発展を遂げた広州では、過去と現代が調和した街並みを楽しむことができます。

 

珠江.琶醍啤酒文化創意芸術区 

(Zhū jiāng. Pá tí pí jiǔ wén huà chuàng yì yì shù qū)

元々は珠江ビール(広州珠江啤酒集団有限公司)のビール工場の跡地でした。今では琶醍艺术区とも呼ばれる飲み屋街には西洋のレストランをはじめ中華、バー、クラブ、クラフトビールやワインセラーなどたくさんの飲食店が並んでいます。晴れた日には野外のレストランやバーも開いておりとても活気づいています。

このエリアの東側一角にあるのが珠江-英博国際啤酒博物館(zhū jiāng yīng bó guó jì pí jiǔ bó wù guǎn)というビール博物館です。2009年5月開館、1985年から創業を開始した珠江ビールと提携企業で世界のビールシェアのトップを占めるベルギーメーカーのインベブ社を記念した博物館です。

ビールの歴史だけでなく、アルコール酔いしたときの状態を体験できる、床が斜めになった黄色い小部屋、珠江ビールの試飲コーナーがあります。試飲コーナーでは、おつまみ等も販売されており、16時30分までビールを飲み続けることが可能です。広東タワーまで徒歩20分、路面電車でも行けるので、広州タワーとセットで行くのもおすすめです。

 

广州塔 Guǎngzhōu tǎ

高さは600メートル、中国一の高さを誇るタワーです。もともとは高さ610mとなるはずでしたが、航空機の安全を脅かすとして航空当局からお達しがあり、600mとなりました。空中螺旋階段、最高の回転レストラン、4D映画館、観覧車の施設があり、高さ488メートルにある展望台からは、珠江の景色を余すところなく一望できます。

その姿が女性の美しいくびれボディとそっくりなことから、「小蛮腰」(=くびれたウェスト)とも呼ばれているそうです。“ウェスト”の最もくびれた部分はちょうど66階部分にあたります。

この広州タワーがある珠江新城では近年開発が進み、見上げるほど高いビルがいくつも建ち並び、近代的な都会の風景を楽しむことができます。それだけではなく、オペラハウス・広州図書館・広東省博物館などの文化施設もあり、この広東省博物館は中国国内に83ある国家一級博物館の一つとして登録されています。

 

沙面 Shā miàn dǎo

清代半ば、対外貿易が唯一認められた港が広州でしたが、その際に設置された外国人居住区が沙面島です。その後、アヘン戦争により、沙面島の西部がイギリスの、東部がフランスの租界地となりました。こうした背景により、沙面島にはヨーロッパ風の建物が150箇所以上残されています。街燈、彫刻、東屋、花壇、木製の椅子、噴水池等は、すべて西洋風です。

沙面島は人口島で東西900メートル、そして南北はわずか300メートルしかありませんが、木がうっそうとしており、道と緑地が島の大きい面積を占めています。道の両側には喫茶店、レストラン、バーが多くあり、歩道街には上品なテーブルがいっぱい並んでいて、多くの若者が結婚記念写真を撮るのに大人気です。

 

石室圣心大教堂 

石室聖心大聖堂、耶穌聖心主教座堂)

Shíshì shèng xīn dà jiàotáng

石室聖心大聖堂は、広州の中では一番歴史があるとされているカトリック教会で、中国の重要文化財にも指定されています。近代に入りフランスのカトリック教団に土地を貸し出した際に造られました。またカトリックの広州教区最大の教会で、世界に4か所あるすべて石造りのゴシック建築様式の教会の一つです。

名前にある「石室」とは花崗岩という意味で、聖堂の壁と柱は花崗岩を積み上げて造られています。パリのノートルダム大聖堂を参考にしているとも言われており、ステンドグラス、ゴシックアーチがとても美しいです。周辺には小間物問屋や乾物が並ぶお店があり、買い物を楽しむことができます。

 

小洲村 Xiǎo zhōu cūn

昔ながらの中国の雰囲気を感じたいなら小洲村がおすすめです。小洲村は元代末から明代初期に建てられ、広州で最も嶺南水郷の特色を持つ古村で、嶺南水郷の特有の「小橋、流水、住家」の景色が今でも残されています。水辺に並ぶ民家、古木、井戸、書院、講堂、石畳の道、すべてが見どころです。

その中でもとくに有名なのは、牡蠣屋です。大量の牡蠣の殻で覆った建物は、冬は暖かく、夏は涼しい、また虫にも食われる心配はない、嶺南の気候に合った昔ながらの住居です。小洲村の牡蠣屋は百年以上の歴史を持っており、元々100軒余りありましたが取り壊され、今では3軒しか残っていません。水路沿いの細い道には、おしゃれカフェが並び、若者の人気デートスポットとなるくらい、おしゃれな雰囲気があります。

 

中山念堂

 Zhōngshān jìniàn táng

中山記念堂は1931年、清を倒し近代的な国家をつくるきっかけとなった辛亥革命の指導者孫文を記念して、広州市民と華僑の献金によって建てられたものです。1921年に孫文が大統領に就任した官邸跡地(現在の越秀公園の南)にあります。紺色の瑠璃瓦が美しい八角形のホールの高さは52メートルあります(広州市公式HP参照)。外側の8本の柱で支えており、内部には、柱は一本も使用されていません。そのため内部は広い空間が保たれているので、広さ12,000平方メートル、座席数4729席、舞台の幅15mの大きなホールとなっております。中国人技士によって造られた独特の構造で、音響効果も大変良いです。

紀念堂の正面入口、緑の芝生の広場には高さ5mの孫文の銅像も立っています。中山記念堂は国家の重要文化財保護施設にもなっており、現在では広州市で大型のイベントや演出が行われる場所となっています。

 

陳家祠 Chén jiā cí(陳氏書院)

清代の1894年、広東省の「陳」姓の氏族が、祖先を奉るために建てた建物で、中国の重要文化財に指定されています。「陳」姓の人々が一族の祖先を祭るとともに、一族の子弟を教育するために造った書院で、陳家祠とも呼ばれています。

陳氏書院は、先祖を祀る祠堂と科挙の試験勉強をする書院から成り、8000平方メートルの敷地内に、前院、後院、東院、西院を主体とする大小19の建物と6つの庭、それらを結ぶ廊下で構成されています。さらに陳氏書院は、中国古代建築の伝統と、嶺南建築様式の特色を兼ね備え、建物の随所に精巧な彫刻が施されていることから、嶺南地域の民間建築と装飾工芸の集大成とも言われます。

彫刻の題材には「水滸伝」や「三国志」など日本人にもおなじみのものが多いです。今あるものは革命以後に荒廃した建物の外観を中心に修復したもので、中国で最も保存状態の良い貴重な建築物です。現在は広東民間工芸博物館として広東省の伝統工芸品を展示しています。

 

珠江夜游 Zhūjiāng yè yóu(珠江ナイトクルーズ)

近年、広州市が,新たな観光名所として力を入れているところで,年々,川沿いのライトアップが豪華になっており、珠江クルーズは観光客が訪れる定番中の定番になっているそうです。

広州は,2000年にわたる歴史を持つ都市ですが、その長い歴史において,常に基盤になってきたのが珠江です。広州はこの珠江デルタに形成された大都市で、川沿いにたくさんの近代的建造物が並んでいます。広州タワー、海印大橋などの橋梁、IFC国際金融中心、海心沙、星海音楽庁、国立中山大学校門など、広州らしい景色を眺めることが出来ます。

乗船場所や運営会社、船の種類、付帯サービスの違いによって多少異なりますが、所要時間は1時間程度のコースが多く、3階の露店席は眺めがよくてとくにおすすめです。有料になりますが、スタッフによる記念撮影もあり良い記念になります。また船内で食事をすることも可能です。

クルーズもいいですが、船が苦手という方は、珠江沿いの散歩もおすすめです。珠江は,両岸に散歩道が整備されており、日中・夜間を問わず,市民や観光客の散歩やジョギングコースになっています。道路は広々としており、車が入ることができないようになっているので、川沿いの景色を眺めながらの散歩は、いい気分転換になります。

 

「食は広州にあり」広州のおすすめ名物

「食在広州」(shí zài guǎng zhōu)という言葉は有名ですが、その言葉の通り、広州いえば食が有名です。日本人の舌に合った料理から、地元の方に愛されているお馴染みの料理まで、ご紹介いたします。

 

茶 Yǐnchá(飲茶)

饮茶とは、中国茶を飲みながら点心を食べることで、香港やマカオでも馴染み深いですが、広州の方々にとっても昔から広く親しまれた習慣です。広州では、朝昼晩、饮茶ができますが、朝が早茶、昼が下午茶、夜が夜茶と、それぞれ呼び名が分かれています。一般的に饮茶のメニューは蒸し物、揚げ物、焼き物、煮込み、甘味等の種類ごとに分類された点心に加えて、麺や粥なども並んでいます。少ない店でも数十種類を超える点心があり、伝統点心と新作点心が入り混じっています。

饮茶には、ほっと一息つく、じっくり味わうという意味を持つ「嘆茶」という言い方もあります。
それは「一盅両件」(一種の茶で二種の点心をつまむ)という言葉にも表されていますが、饮茶では食べるというよりも、茶を飲みながらゆっくり過ごすことが大事にされています。広州で饮茶を楽しむことは、そんな広州の方々の大事な精神も感じることができるので、特におすすめです。

 

陶陶居(táo táo jū)

もし飲茶をどこで食べればいいか迷った時は、こちらのお店がおすすめです。広州で、1880年から140年の歴史を誇る、老舗中の老舗。よく「食は広州にあり」といいますが、「陶陶居」はその広州の食を語るにははずせないお店だそうです。広州に長く住んでいた日本人の方曰く、毎回お客さんを連れていくお店が「陶陶居」で、中国人も日本人も多くの方に紹介したそうですが,間違いなかったそうです。飲茶以外の料理も絶品なので、ぜひ立ち寄ってみてください。

陶陶居HP: http://www.taotaoju1880.com/index.php

 

云吞面 Yún tūn miàn (ワンタン麺)

日本でも馴染み深いワンタン麺ですが、広州が発祥地です。香港でもワンタン麺がよく知られていますが、1930年代の終わりに広州から香港へ渡った人々が、ワンタン麺を香港に持ち込んだからだとされています。広州のワンタンの具は海老と豚肉が伝統的な組み合わせだそうです。本場の味をぜひお楽しみください。

 

粉 Cháng fěn (腸粉)

肠粉とは、飲茶の一つで、米粉で作った生地で野菜や肉、海鮮、卵を包み、蒸し上げたもので調味料につけて食べます。日本では蒸し春巻きとして、知られています。卵と豚モツや、レタスともやし等、包んでいるものは各店舗により異なります。肠粉は広州の人々に朝食としても親しまれています。

 

例湯 Lì tāng 

意味は「スープ」で、広州では大体のお店に,その日のおススメ「老火例湯(本日のスープ)」があります。旬の食材を活かし、その季節の気候に適したスープが日替わりで用意されているので、初めての人でも、気軽にスープを楽しむことができます。中国の他地域では、スープは食事の最後の方に供されることが多いですが、広州では食事の最初にスープを飲むのが決まりになっております。

広州のことをよく知る方曰く、例湯は広東料理で最も味わってもらいたいものの一つだそうです。広東料理はスープに始まり,スープに終わるという言葉がありますが,広東人のスープに対するこだわりと,その奥深さには驚かされるそうです。

 

粥 Zhōu(お粥)

お粥と言っても日本のお粥とは違い、米の種類や調理法の違いなど、バリエーションが豊富です。その中でも広東式は、日本のお粥と違い、米にサラダ油やゴマ油などの油を絡ませているので、米が割れやすくなり、さらりとした舌触りです。

また水からではなく、沸騰させてから米を入れ、じっくりと炊き上げるところも違います。この一見日本のお粥と似ている広東式のお粥では、ピータンと豚肉のお粥「皮蛋痩肉粥」がおすすめです。その他にも、鍋に海鮮類等入れるおじやのようなお粥「砂锅粥(砂鍋粥)」や、お粥で海鮮を煮る「毋米粥(ウーミー粥)」のような日本とは違ったお粥も美味しいです。具材の味がよくしみ込んだお粥は絶品です。

 

杂 Niú zá (牛もつ煮込み)

牛杂を食べたことがなかったら、広州に来たことがないに等しいと言うくらい、広州でよく知られている馴染みのある軽食です。昔は肉の代わりによく内臓を食べていたことから、広州でもつ料理が発展しました。

当時、道沿いに牛杂の料理屋台が多く並び、牛の心臓、肺臓、胃袋、腸、大根等の好きな具を頼むと、ハサミで切って出してくれ、自分の好みで大蒜と唐辛子のソースをかけて食べたそうです。今でも広州ではどこででも見かける軽食として、地元の方に親しまれた料理です。レバー、牛さがり、肺、牛筋、ハチノス等、たくさん入った牛杂煲(牛もつ鍋)はネギやニラの葉がモツの臭みを取ってくれるので食べやすいです。

 

 

広州が分かる映画

ご紹介させていただく映画は、短編と、シリーズものとなっており、全て見ることで、他の中国の地域とは違った広州らしい雰囲気が分かります。

急速に発展した都会の街並みが印象的な「詩季織々」、「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ 天地大乱」では、近代史の中で最も重大な出来事としても知られる辛亥革命、およびその当時の街の雰囲気に心が震えます。

 

「詩季織々」

「詩季織々」

2018年製作/74分/G/日本

配給:東京テアトル

 

詩的にして鮮烈な風景描写のもとで描き出された切なくも温かいストーリーは、観る人達の感情を優しく深く揺さぶり、時代や国境を越えて、 誰もが共感できる3つの短編からなるオリジナルアニメーションが誕生しました。

『詩季織々』公式サイト(https://shikioriori.jp/intro.html

 

「君の名は」等の新海誠作品を手掛けたアニメーション制作スタジオ、コミックス・ウェーブ・フィルムと中国のアニメ業界をリードするHaolinersとの共同作品。リ・ハオリン総監督のもと、中国の暮らしの基本となる「衣食住行」を共通テーマに、大切な思いを抱き、大人になった若者たちのオムニバスアニメです。

広州が舞台になっているのは、二作目の「小さなファッションショー」。圧倒されるような美しさの夜景や近代的なビルが立ち並んでいる現代の広州の街並みが、印象的です。モデルの姉とデザイナーの妹がすれ違いながらも懸命に生きる姿が清々しいドラマとなっています。地域の特徴がよく出ているので、他の作品も一緒に見ると、他の地域とは違う広州らしさがよく分かります。

 

ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ 天地大乱」

「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ 天地大乱」

1992年製作/108分/香港

原題:黄飛鴻 男兒嘗自強 (huáng fēi hóng  nán ér dāng zì qiáng)

配給:東宝東和

 

広州でも大変有名な武術家、黄飛鴻のカンフー・アクション映画です。
黄飛鴻がモデルの映画は、この「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ」シリーズ(“ワン・チャイ”シリーズ)も有名ですが、ジャッキー・チェン主演の『ドランク・モンキー 酔拳』、『酔拳2』(zuì  quán)も馴染み深いかもしれません。

この“ワン・チャイ”シリーズ第二弾「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ 天地大乱」は広州が舞台になっています。動乱期の中国に対する憤り、また国を救おうと命を懸けて革命を起こそうとする人々の不屈の精神に、葛藤せざるを得ません。ワイヤーをつかってのアクションシーンは息をするのも忘れてしまうくらいの迫力です。この作品は、シリーズ中唯一、全国ロードショー公開された作品でもあります。

他にも“ワン・チャイ”シリーズでは「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ 少林故事」、「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ 天地雷鳴」も広州が舞台です。

 

まとめ

広州と言えば食が有名ですが、実は食だけではなく、広東省の首都であり、国際貿易の中心地でもあります。そして珠江新城のような近代的な都会の風景、沙面岛のような異国情緒あふれる場所、小洲村のような古き良き中国の街並み、アヘン戦争や辛亥革命といった歴史まで、さまざまな広州の魅力をご紹介いたしました。

しかし広州の本当の魅力は、広州人の親切で優しいお人柄にあるのかもしれません。ぜひそんな広州を心で感じてみて下さい。広州のことをきっかけに、もっと中国のことが好きになれるはずです。

 

 

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