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池袋中国語コラム 中国新一線都市紹介~重慶~

 

“池袋中国語コラム”とは・・・

中国語学習者のための”池袋発”中国語学習に役立つコラムです。中国に関することだけでなく様々な話題を中国語を交えて紹介していきます。このカテゴリーでは、中国赴任や出張などビジネス向けの方にお勧めの情報・ノウハウを提供しています。

【火鍋の都市:重慶】

中国4000年の歴史の中、約2340年も前に歴史の舞台に名前を出すようになっていった重慶。今では、中国第5位の経済都市として、中国経済の中核を担っている街になります。古代から現代にかけて、中国の歴史の中心に重慶はありました。史跡もあり、世界遺産の大足石刻をはじめとした仏教・道教の文化を堪能できる街でもあります。

重慶の史跡を回りながら、看板や乗車券の購入、飲食店での注文、お土産屋での買い物の際に、普段の中国語学習の成果を発揮できるシーンも多いのではないでしょうか。中国語会話も楽しみながら、重慶の史跡を回る旅について、今回はご紹介していきましょう。

 

~重慶概要~

重慶は中国内陸の西南部、四川盆地の東南部、長江と嘉陵江の合流点に位置しています。人口3,124万人、面積82,400 km²の大都市で、1997年に北京、上海、天津に次いで中国第4の中央直轄市に昇格しました。 三方が水に臨み四方を山に囲まれているため「山城」の別称があります。水運を利用した内陸貿易で西部最大の工業都市となっています。

気候は湿潤で曇りが多く、霜や雪は少なく、春や秋には河からの水蒸気で霧が立ち込めることから「霧の都」とも呼ばれます。盆地であるため、夏は非常に暑く、同じ長江流域の武漢、南京と並んで「三大火炉(かまど)」と呼ばれます。

 重慶の歴史について 

〜仏教文化と道教文化の融合〜

現在まで、約2340年もの有史があるのが重慶です。春秋戦国時代には、巴国があり、今の重慶市の巴南区に江州という都を置いていました。紀元前316年に、秦国が巴国を滅ぼし、巴郡江州県が置かれます。その後名前を変えながらも、国防の拠点として重要視され、特に宋の時代には蒙古軍からの防衛の拠点として、重慶城が北の方へ拡大されていきました。明や清の時代には重慶の街が栄えていき、貿易港として経済の拠点になっていきます。

イギリスの領事も重慶に常駐するなど、国際色豊かな街になっていきましたが、日清戦争後、各国の帝国主義の影響で、重慶の街に諸外国の領事館が設置され、侵略の歴史を辿りました。さらに時代を下ると、日中戦争後、首都の南京が陥落してしまったため、中国国民党の蒋介石が重慶に首都を移転させることになります。1938年から1944年まで、中華民国の首都として機能し、臨時政府と中央行政院や数万もの企業と学校が南京から移ってきました。

日中戦争終結後には、中国国民党と中国共産党とが内戦を避けるべく、重慶会談を行なった舞台にもなりましたが、1949年の11月30日に中国人民解放軍によって重慶が中華人民共和国の中央直轄市へとなっていきます。1957年に重慶は直轄市から地方都市へと変更されますが、1997年に重慶が直轄市へと再度変更されました。

現在では、中国国内の都市のうち、5番目の経済規模を誇る大都市となっており、中国経済の要として機能しているのが現状です。古代には軍事の拠点、近代では経済の拠点となっていた重慶には、様々な史跡があるのも魅力の一つなのではないでしょうか。

  重慶のおすすめ観光地 

〜史跡・博物館編〜

約2340年もの歴史をもつと言われる重慶には、様々な史跡があります。史跡には観光案内文やお土産屋など、日頃の中国語学習を生かせる場が多々あるため、中国語の腕試しには最適の場です。勉強した知識で、観光案内文が読めたり、学習した中国語会話のフレーズで注文できたりといった経験ができるという楽しさも歴史と一緒に味わえるのではないでしょうか。

重慶で特に有名な史跡で人気のある場所として、「白帝城」、「豊都鬼城」、「重慶磁器口古鎮」があります。さらに「重慶中国三峡博物館」では、より重慶の伝統、文化を知ることができるでしょう。「白帝城」、「豊都鬼城」、「重慶磁器口古鎮」、「重慶中国三峡博物館」について簡単にご紹介していきます。

 

白帝城 (bái dì chéng)

日本でも人気のある三国志のキャラクター劉備の終焉の地として有名なのが白帝城です三国志好きな日本人からも人気のある観光地で、毎年多くの三国志ファンが訪れています。三峡ダムの完成によって風景は大幅に変わってしまいましたが、群雄の公孫述が築いた古城として、後漢の時代から重慶の歴史の一つとして存在してきました。

また、詩人の李白が『早発白帝城』という詩の中で、白帝城周辺の自然と旅の情緒を歌っています。高校の漢文の教科書にも掲載されたこともある詩なので、多くの方が一度は名前を聞いたことのある観光地なのではないでしょうか。三峡下りの途中にツアーとして組み込まれていることが多く、周りの景観を楽しむだけでなく、色鮮やかに彩色された白帝城内では、中国の文化や歴史を存分に楽しむことができます。

 

豊都鬼城 ( fēng dū guǐ chéng)

重慶市の1県である豊都。豊都は古来より、「鬼城」と呼ばれ、中国国内でも冥界に近いところだと考えられてきた歴史があります。漢代に陰長生と王方平の2人が豊都にある山で仙人修行をしていました。この2人の姓をとって、「陰王」と呼ばれるようになり、さらに派生して「陰の王が住むところ」という解釈になり、「鬼城」と呼ばれ今日に至ります。

日本ではキョンシーのイメージで有名な道教の総本山も豊都県にはあったこともあり、街の観光施設にも冥界をイメージした独特の雰囲気が漂っているのが特徴です。お土産売り場には道教とはあまり関係ない西洋風のお化けのマスクが売っているなど、豊都鬼城の雰囲気にあやかった商売の様子も中国の消費文化を知ることができる場になっています。

中国人の国内観光の場所としても人気があり、国慶節の期間中には大混雑しますので気をつけてください。道教の文化に影響を受けた豊都鬼城の雰囲気を肌で感じることで、中国の多様な文化の歴史も垣間見える場所なのではないでしょうか。

 

重慶磁器口古鎮( chóng qìng cí qì kǒu gǔ zhèn )

1998年に重慶市の重要文化財として認定された重慶磁器口古鎮。古鎮とは、中国語で「古い街」を意味する言葉で、重慶磁器口古鎮は明や清の時代に陶磁器生産と運搬で繁栄していきました。そのことから、「磁器口」という言葉も付け加えられて呼ばれるようになったとのこと。

今では古い街の外観だけでなく、石畳の通路や陶磁器のお土産店、飲食店も立ち並び、観光地として栄えています。観光客だけでなく、地元の方からも愛されている観光スポットで、茶屋や飲食店で地元の方が歓談している様子やお茶芸を楽しんでいる様子も見られる観光地です。

重慶から地下鉄1号線に乗り、30分ほどで、重慶磁器口古鎮の最寄駅「磁器口」に到着します。地下鉄の乗り方や切符の買い方だけでなく、ショッピングや歴史、食事など、普段の中国語会話の勉強の成果を存分に発揮できる観光地なのではないでしょうか。

 

 

重慶中国三峡博物館 ( chóng qìng zhōng guó sān xiá bó wù guǎn )

重慶中国三峡博物館は2005年に中国三峡博物館と重慶市博物館が合併して新たに開館された博物館です。展示内容は、おもに4つのエリアに分けられています。

  1つは、三峡地域の歴史や文化を伝える「壮大な三峡」エリア。

  2つ目は、重慶の起源と発展の道筋を展示する「太古バユ」エリア。

  3つ目は、重慶の都市としての変遷を展示する「都市の道」エリア。

  4つ目として、重慶抗戦の史料を展示する「抗戦歳月」エリアです。

重慶の自然や政治の歴史、日中戦争での様子など、古代から近代にかけて幅広く展示しています。絵画や書画、磁器や硬貨、漢時代の彫刻、中国南西部の伝統衣装なども展示されているため、より重慶地域の文化や歴史を学ぶことができるでしょう。

三峡ダムができる以前の自然の様子の史料もあるため、より深く重慶を知ることもできます。平易な言葉で書かれている説明文も多いため、普段の中国語学習で得た知識を駆使しながら説明文を読んでいくことで、より学習の成果を確認することもできるのではないでしょうか。

 

重慶のおすすめ観光地 

〜仏教・道教史跡編〜

重慶には仏教建築も多数あります。ですが、重慶市政府や中国共産党の政治方針で、全ての宗教を敵対視しているため、多くの仏像や象徴が破壊されたり形を変えさせたりされているのが現実です。今はまだ見られる仏教史跡も今後、中国共産党の政策によって消滅してしまう可能性もあります。仏教建築や仏像が好きな方は、今のうちに観光しておくことを強くおすすめしたいです。

仏教史跡の中にも道教に関する像もあるなど、重慶の宗教や思想の歴史についても知ることができます。重慶の仏教史跡の中でも特に有名な「大足石刻」や「南山石刻」、「宝頂山石刻」、「北山公園」についてご紹介していきましょう。

 

大足石刻 ( dà zú shí kè )

1999年に世界遺産登録された仏教石窟が大足石刻です。9世紀から13世紀までの大乗仏教の石仏だけでなく、道教の神々の像まで彫刻されている点は、非常に興味深いのではないでしょうか。全長31mの釈迦涅槃像や金箔がはられた千手観音菩薩像が有名です。人里離れたところにあったため、保存状態が良く、文化革命時にも破壊されなかった貴重な仏教史跡になります。

約5万体もの摩崖石刻像が41カ所にわたって鎮座している様子は、歴史の大きな流れを感じずにはいられません。仏像だけでなく、当時の生活の様子や人々の様子を刻んでいる箇所もある点も興味深いです。

重慶駅からバスで2時間半ほどですので、是非、普段の中国語会話の練習の成果を実地でのバスチケット購入の際に生かしてみてはいかがでしょうか。

大足石刻の中でも、「北山石刻」や「南山石刻」、「宝頂山石刻」が特に有名ですので、ご紹介していきましょう。

 

北山石刻 ( běi shān shí kè )

山頂に約300mもの間にわたって、石刻群が続いているのが北山石刻の特徴です。4600以上もの数の仏像があり、壮観。石窟の中に仏像が安置されていて、特に「大足石窟の王様」として知られている北山石刻の中でも最大の石窟「転輪経藏窟」が有名です。普賢菩薩が眉目秀麗かつ柔和な表情で人気があり、「東方のヴィーナス」と呼ばれ親しまれています。唐の晩年から南宋の時代まで約200年ほどの彫刻像が一気に見られることでも人気です。

 

 

南山石刻 ( nán shān shí kè )

南山石刻では道教の文化に触れることができます。南山の山頂にあり、玉皇観という古い道教寺院があり、道教の最高神の上清、太清、玉清が祀られているのが特徴的です。柱にも道教色が強く反映されていれ、盤竜柱という柱に龍が巻きついているものもあり、道教の宗教観を堪能できる事間違いなし。こじんまりとした南山石刻は時間もかからず回れるため、ここだけでなく他の史跡をめぐるコースに組みこんで巡る方が多いです。

 

宝頂山石刻 ( bǎo dǐng shān shí kè )

宝頂山石刻は大足石刻の中でも最大の石刻群で、全長500m、1万体以上の石刻が見られます。中でも、釈迦牟尼涅槃図は、幅31m、高さ 6.8mと世界最大級の涅槃仏だと言われており、観光客も多く訪れる観光スポットです。他にも、金箔が貼られた千手観音菩薩や華厳三聖仏像といった人気仏像もあり、絵巻物の中の仏教の世界を見ているようなストーリー性があるのも特徴になっています。保存状態も大変よく、中国の仏教文化を堪能できる観光地として人気があるのが宝頂山石刻です。

 

 

~重慶お勧め料理~

 

重慶の人は辛い食べ物が大好きで特に辛い辛い火鍋を好んで食します。気温が高ければ高い程、食べる人が増える火鍋。激辛の鍋を食べて汗を出し、蒸し暑さで体に籠った熱を吹き飛ばすそうです。今回ご紹介する料理も全て辛い料理です!

重庆火锅 (chóng qìng huǒ guō)

重慶に行って火鍋を食べなければ重慶に行ったと言えないと言わるるほど重慶人にとって欠かせない食事です。山椒とトウガラシがどっさり入ってグツグツ煮えたぎっている本場の激辛スープは、口に入れるとすぐに舌がしびれます。もともとは捨てられていた牛の臓物を匂いを消すために作った料理で非常に庶民的なものだったようです。

 

重庆小面 (chóng qìng xiǎo miàn)

重慶名物の朝ごはんとして知られる激辛麺です。重慶の人々は朝からこの辛い麺を食べるのが一般的です。汁がない混ぜ麺がよく食べられていて、少しの青菜と花椒オイル、ネギ、ラード、唐辛子などを混ぜたタレが麺に絡んで美味しいです。屋台や食堂などで食べる庶民的な料理です。

 

酸辣粉(suān là fěn)

サツマイモでんぷんを主成分とした太い春雨に酢と辣油、春雨に、花山椒やそぼろ、ピーナッツなどをトッピングした激辛料理です。歯ごたえある食感で、食べると口が痺れますが重慶人がこよなく愛する料理の一つです。

 

毛血旺(máo xuě wàng)

鴨(アヒル)や豚の血に塩水を注ぎ粘りが出てきてから蒸して固めたものを中国語で血旺(xuě wàng)=血豆腐と言います。毛は「加工していない、生の」という意味で、毛血旺で加工していない生の血豆腐ということになります。鴨の血、毛肚(牛の胃袋)、黄喉(豚の大動脈)などを原材料とした激辛の伝統料理です。

 

まとめ

重慶についてご紹介していきました。仏教文化だけでなく、道教の文化も色濃く残る街である点も重慶の魅力の一つです。2340年もの歴史をもつ重慶の魅力を堪能しながら、普段の中国語学習の成果を発揮していくのは旅の醍醐味でもありますし、語学学習のモチベーションにも繋がるのではないでしょうか。

観光に公共交通機関、飲食店やお土産屋といった場所で、学習していた中国語が通じた瞬間は最高に嬉しいと思います。重慶の歴史に心奪われながら、日本に帰国後もより中国語学習が進んでいくこと間違いなしでしょう!

 

池袋中国語コラム 中国新一線都市紹介~杭州~

 

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