日本でも七夕は笹に短冊を飾ったり、織姫と彦星の物語など一般的な伝統習慣となっていますが、その由来は中国から来ているのをご存知でしょうか?中国では旧暦の日が七夕になるので日本とは時期がややずれてきます。今回のコラムでは中国の七夕についてご紹介します。
大家好,马上就要到日本的七夕了。你们知道吗?中国也有七夕节,可是,中国的七夕节和日本的七夕节时间不同,风俗习惯也不同呢。下面就介绍一下中国七夕节的由来和节日习俗。
みなさんこんにちは、間もなく日本の七夕がやってきますね、知ってましたか?中国にも七夕がありますが中国の七夕と日本の七夕は日時が違いますし、風俗習慣も異なります。下には中国の七夕の由来と祝日習俗の紹介があります。
很久以前,南阳城的牛家庄有个聪明,忠厚的小伙子,父母很早离开人间,他跟哥嫂一起生活,因从小放牛而得名牛郎。哥嫂一直想独霸家产,经常 虐待牛郎。牛郎长大后,哥嫂和他分家,他只得到了一辆破车和那头牛。牛郎每天辛勤劳作,和老牛相依为命。一天,王母娘娘的外孙女织女和天上的诸仙女一起下凡游玩,在老牛的帮助下,牛郎认识了美丽善良的织女,他们情投意合,结为夫妻。婚后男耕女织,夫妻恩爱,生下一男一女,生活的很幸福。冬去春来,老牛一天天变老,临死前叮嘱牛郎要把他的皮留下来,急难时披上以求帮助。老牛死去不久,牛郎织女结婚的事被玉帝,王母娘娘知道了,他们勃然大怒这对恩爱的夫妻究竟命运如何呢?敬请期待下次精彩的故事。
むかし昔のこと、南陽城の牛家庄には賢く、正直で温厚な青年がいました。父母は早くして亡くなっていたので彼は兄とその嫁と一緒に生活し、牛を放牧していたので牛郎という名前でした。兄嫁夫婦は家の財産をずっと独り占めにしたく、いつも牛郎を虐待していました。牛郎が成長した後は兄嫁夫婦と牛郎は家を分け、彼は一輌の壊れた荷車と牛を得ただけでした。牛郎は毎日一生懸命働き、牛と共に頼りあっていた。ある日、王母娘娘(玉帝の妻)の孫娘・織姫と天上の仙女たちは一緒に下界に下りて遊んでいると、牛が手助けをして牛郎と美しく善良な織姫は知り合い、意気投合し、夫婦になりました。結婚後、牛郎は畑を耕し織姫は機を織り、仲睦まじく一男一女を儲け、とても幸せな生活でした。冬が去り春が来て、牛は一日一日と年を取り、死ぬ前にぜひ私の皮を剥がして取り、危急の際には被ることによって助けとなるでしょうと牛郎へ言い聞かせた。牛が死んでほどなく、牛郎と織姫の結婚のことが玉帝と王母娘娘の知るところとなり、彼らはカンカンに怒りました。この仲睦まじい夫婦の運命はいったいどうなったのでしょう?次の話をご期待ください。
上次说到牛郎织女结婚的事被玉帝,王母娘娘知道了,他们勃然大怒。于是,王母娘娘亲自下凡,强行把织女带回天庭。牛郎立刻披上牛皮,担上一双儿女,腾云驾雾上天去追织女。眼看就要追上了,谁料王母娘娘拔下金簪一划,一道波涛汹涌的天河把牛郎和织女隔在两岸,他们只能泪眼盈盈,隔河相望。牛郎织女忠贞的爱情感动了千万只喜鹊,他们成群结队飞上天搭成天桥,让牛郎织女相会。王母娘娘也只好允许两人于每年七月初七在鹊桥相会。
据说农历七月初七这一天坐在葡萄架下,能够听见两个人说话呢。如果下起了蒙蒙细雨,那便是织女思念丈夫和儿女的眼泪。
前回は牛郎と織姫の結婚のことが玉帝と王母娘娘の知るところとなり彼らがカンカンになって怒ったところまで話しました。そして、王母娘娘が自ら下界に下りてきて、織姫を強引に天庭まで連れ帰ってしまいました。牛郎はすぐに牛の皮を被り、子どもたちを担ぎ雲に昇り霧に乗り織姫を追って天界に行きました。誰が予想できたでしょうか、王母娘娘が金のかんざしを抜いて一振りすると大荒れの逆巻く津波の天河が牛郎と織姫を河の両岸へと隔て、彼らはただ涙をハラハラと流し、河の両側で眺め合った。牛郎と織姫の忠節ある愛情はたくさんのカササギたちを感動させ、彼らは群れをなし隊を組み、空に飛び橋を架け、牛郎と織姫を会わせました。王母娘娘も毎年七月七日だけにカササギの架けた橋で会うことを許しました。
聞くところによると旧暦の七月七日の日に葡萄が実る下で、この二人が話しているのを聞くことができます。もししとしとと霧雨が降ったならば、それは織姫が夫と子どもたちを想っての涙です。
“七夕节”是中国传统节日中最具浪漫色彩的一个节日。也有人称之为“乞巧节”或“女儿节”。这一天全国各地都有吃巧食的习俗。巧食的内容有瓜果和各式各样的面点。晚上人们将各种巧食陈列在院中几案上,一边观赏夜空一边吃巧食。女孩子们将自己做手工艺品悬挂起来,祈求上天让自己变得更心灵手巧。七夕还有坐看牵牛织女星的习俗。传说这天夜晚,能看到牛郎织女在银河相会。躲在葡萄架下还能听到他们说的悄悄话呢。
「七夕」は中国の伝統祝日の中で最もロマンティックな色彩を持つ祝日である。またある人は「乞巧節」または「女儿節」と呼びます。この日は全国各地みな巧食の習慣があります。巧食の内容はフルーツと様々な形式の面点(お菓子)です。夜、人々はいろいろな巧食を庭の中の細長の机の上に並べ、夜空を眺めながら 巧食を食べます。女の子たちは自分で手作りの芸術品を掛け 、空に向かい自分が賢くさらに手先が器用になるように祈ります。
鹊桥仙 作者:秦观
纤云弄巧,飞星传恨,银汉迢迢暗渡。
金风玉露一相逢,便胜却人间无数。
柔情似水,佳期如梦,忍顾鹊桥归路!
两情若是久长时,又岂在朝朝暮暮?
雲と星が想いを描きだし、天の川が時の流れを告げる
七夕の出会い人の世では数尽くせず
情は水のように流れゆき帰ること忍び難し
2人の情が永遠ならば会えずとも想いは通じる
中国の七夕概論
七夕は中国の伝統的な祝日で、「牛郎织女(niúlángzhīnǚ)/彦星と織姫」の物語に由来して、それから愛情を象徴する祝日になっていて、「中国のバレンタインデー」に喩えられます。
七夕は毎年旧暦の七月七日で、参加する人はまだ結婚していない成人女性たちです。昔の人は七夕の日を「女儿节(nǚérjié)/ひな祭り」、「少女节(shàonǚjié)」または「乞巧节(qǐqiǎojié)」と呼んでいました。七夕の日には、「七姐(qījiě)/織姫」を拝むなど、いろいろな風習があります。
七夕の日に、「做一事 吃两物(zuòyíshì chīliǎngwù)/一つのことをやる二つの物を食べる」の風習があります。
「做一事」:縁結びを願うこと
七夕の夜に、多くの女の子が机に旬の果物やお菓子などを並べ、星空を見上げて、彦星や織姫を探します。織女に対して、手芸上達や縁結びを願います。
「吃两物」:饺子(jiǎozi)、巧果(qiǎoguǒ)※七夕で食べるお菓子
その日に、仲の良い7人の未婚女性が一緒に水餃子を作ります。銅銭1枚とナツメ1粒を用意して、それぞれ肉と一緒に水餃子の中に包みます。銅銭が入った餃子を食べた人は幸せに、ナツメが入った餃子を食べた人は早く結婚できることを祝福されます。
巧果(qiǎoguǒ)※七夕で食べるお菓子
また、「巧果」もその日に欠かせない食べ物です。主な材料は小麦粉です。女の子たちは小麦粉を使って、色々な形の「巧果」を作ります。晩ごはんの時に一品の料理として出されて、家族や親友と一緒に食べます。七夕に食べるこの2つのものは、美しい生活への憧れを表しています。
七夕は中国だけでなく、日本やベトナムなどでもお祝いの風習があります。あなたの国ではどういうことが行われますか?
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